| 人妻加奈子の奴隷生活.最終話 「かわいい…お名前は何て言うの？」 ペンションの宿泊客に愛嬌のある笑顔を振り撒く子供がいた。まだ歩けるようになったばかりだ。その子の母親は宿泊客のチェックイン、アウトで慌しく働いていた。 ペンションを後にする客が声をかける。その子に近付き、抱き上げる女性がいた。 「おばちゃんね、本当ならあなたくらいの赤ちゃんがいたのよ…」 その女性は哀しげながら穏やかな表情だった。 「じゃぁまたね…」 女性は子供を母親に返し、何度も頭を下げた後、夫と二人の子供達とペンションを後にした。 夜になり夕食の後片付けをしていると、、 「何だ、まだ残ってたの？もう上がってもいいよ…」 「いえ…まだ洗い物が…これだけ片付けちゃいますね…」 そう言うと女性従業員は調理場へと消えた。 三十分程して片付けを済ませオーナーに声をかける。 「それじゃ、私上がらせて頂きます…」 「お疲れさん…そうだ、ついでに話しておきたい事があるんだ…」 「何ですか？」 「うん、この夏限りでこのペンションを手放し引退する事にしたよ…」 「…そうですか…」 笑顔が消え、哀しげな表情になる。 「短い間でしたけどお世話になりました…」 「まだもうちょっとあるからそう言う挨拶はやめようよ…でも心配しないでいいよ、新しいオーナーには話はついている…脱サラしてこのペンションをやりたいって人なんだ…だからあんたは従業員としてこのペンションに残ってもらう事になっている…もちろんあんたさえ良ければ…だけど」 「そんな…こちらからもお願いします…」 「近いうちにこちらに来る事になってるからその時に紹介してあげるよ…あんたと同じように昔から知ってる人だから心配ないよ…私達はあんたを娘のように思ってるんだよ…そしてこの子は孫…」 女の腕の中で眠る赤ん坊の頭を撫でる。 「誰かいい人も紹介してあげないとね…」 オーナーの妻が言う。 「ありがとうございます…でも私は再婚する気はありませんから…」 「大丈夫…あんたにはきっと幸せがくるから…近い内にね…」 そう言ってオーナーは微笑んだ。 オーナー夫婦には子供がおらず、ペンションを継ぐ者もいなかった。オーナーが変わるのは寂しかったが、ここに関わっていられる事は嬉しかった。 「今度のオーナーさんもいい人ならいいんだけど…」 ニュースでは会社の金を横領していたという男が逮捕された事を報じていた。男は前の会社に勤めていた二十年程の間に数億円もの額を横領しており、男には愛人である経理担当の女がおり、その女と共謀し、犯行に及んだ。側近と言われた男の告発で横領の罪が露見したとの事だった。 そのニュースを見ていた女はテレビを消すと子供を連れ、ペンションでの仕事に出かけた。 仕事が一段落した昼過ぎに子供を連れ近くの公園に出かけた。 この町の名である美しい虹が見える丘と言う意味の「虹美ヶ丘」その虹が見えるという丘の事を「虹見ヶ丘」と言い、公園となっていた。その丘には恋愛に纏わるジンクスがあって、実際には虹が見える事は滅多に無いが、その虹を見た恋人同士が愛を誓い合ったら永遠の愛で結ばれると言うジンクスだった。 女もこの場所で虹を見てプロポーズを受け、愛を誓ったが、その愛は崩れてしまった。 しかし、そうなった今でもジンクスを信じていた。自分の愛に偽りは無いと。 そろそろペンションに戻る時間だと気付き子供の名を呼んだ。 母親の声にニコニコとしながらヨチヨチと戻ってくる子供を抱き上げ、振り向いたらそこには背の高い男性が立っていた。 「あなたが加奈子さんですか…？」 女は何も答えない。優しい笑顔で話す男性。女の瞳から涙が止め処なく流れ、男性の笑顔は涙で歪んだ。 「ペンションのオーナーに聞くとこちらにいると聞いたのでお迎えに上がりました…美しい女だと聞いていたので会うのを楽しみにしてたんですよ…」 その時、一筋の風が三人の間を吹き抜けると、丘から見える景色に見る見る内に美しく見事な虹が広がって行く。 「実は僕、脱サラしてペンションの経営の事などわからないんです…だから加奈子さんにずっと傍にいて助けてもらいたい…ずっと一緒に…」 涙で歪む女の目に虹も男の顔も見えなかった。ただ男の言葉に何度も頷くだけだった。 「さ…ペンションに戻りましょうか…実は僕、娘がいるんですよ…娘も早くあなたに会いたいと待っているんですよ…」 再び風が吹き抜けると先程まで広がっていた見事な虹は嘘のように消えてなくなっていた。 そこにはただどこまでも青い空が広がっていた。 |
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| 2008.12.29掲載 |
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全８０話
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