２４　あがこに未練たっぷりの院
　
　院は腹心の部下、鷹司兼嗣をお呼びになった。
「兼嗣、あれはどうなった？」
「あれ、と申されますと？」
「あれ、あれのことである」
「ああっ、あれのことでございますか？！」
「そうだ、あれのことだ」
「あれのことは首尾よく進んでおります…」
「なにぃ！」
「そのことは御所さまが申し出になったことでございますから…」
「まぁ、それはそうだが。それにしても、そう急いだこともあるまいに……」
「仕方がないことでございます。そうでもしないことには大覚寺統（亀山天皇派）の勢いを止めることが叶いません」
「それはそうであるが…。それで、やはり実兼は久我の屋敷を訪れたのだな？」
「はい」
「それで、実兼がその屋敷を後にしたのは明け方ということか！？」
「ご推察のとおりにございます」
「……」
　兼嗣は御所さまの顔を見ていた。
　御所さまは笑っておられた。
　爽快な笑いではない。
　それに頬の肉が執拗にひきつっている。
　そして御所さまの顔はくしゃくしゃにゆがんでいた。
　よく見ると、御所さまの目からは、涙が……。

　院には悲しく思われた。
　実兼が、あがこ（＝雅子）を抱いてしまったのだ。
　あがこも、実兼を受け入れてしまったにちがいない…。
　あの男、容貌もよいが、ともかくあがこのことが好きなのだ。
　あがことて、実兼に愛を打ち明けられたら、動揺してしまうであろう。
　院の心の内は嫉妬がほとんどであった。

　むろん、院にはほんの少し安堵した気持ちも芽生えてはいた。
　これで実兼は、鎌倉幕府との折衝ごとをきちんとやらざるを得ないであろう。
『実兼のやつ、もしあがこを抱きながら、鎌倉幕府との交渉を手抜きしたならば、それこそ島流しにしてくれるわ』と、院には思われるのであった。

　鷹司兼嗣が立ち去った。
　院はひとりになられていた。
　涙が出るのはなぜなのだろうと、院は思われる。
　これでもう、あがこを正妃にするという夢は破れたのだ。
　あがこは、後宮の女たちのひとりにしか過ぎなくなってしまった…。

　院は思われる、あがことは正式な夫婦になれればよかったのにと。
　なまじ、朝廷の中に生まれ、身分と階級に縛られてしまって…。
　平凡な家に生まれ、あがこと巡り会い、あがことふたりだけで平凡な暮らしがしたかった…。

　しかし、それは不可能なことだった。院という身分を捨てることはできないのだ。
　今生において、あがこと夫婦になることはできないだろう。
　残された道はひとつしかない。
　もし、来世というものがあれば…、たぶんそのようなものは仏教の世界のことで、われにはとてもそういうものが実在するとは確信を持って思えぬのだが、その来世において、あがこと夫婦になるしかない…。

　涼子から遊びの誘いの文（手紙）が来た。
　院には気がお乗りにならないのだ。
　なぜか、と院は考えておられる。
　別に、涼子がきらいになったわけではない。
　あのような、布団の上で裸になって若い女と戯れ遊ぶことが嫌になった、ということでもない。
　もし、そちらの方面に気が乗らないとしたら、他の方面に何かひどく気にかかることがあるのだろう。
　他の方面とは？。
　おそらく、あがこ（＝雅子）のことなのだろう。
　あの女は、実兼にくれてやったのだ、政治的におのれの地盤を守るために。
　あの女は、もうたくさんの後宮の女たち（天皇や上皇など宮廷の主人に性の奉仕をする女たち）の一人にしか過ぎない、取るに足らないおんななのだ。そんな女に気を取られるはずがない。
　しかし、なんと言うことなのだ、頭の中からあがこのことが離れないのだ。

　院は、舎人（御所に仕えている侍従）を走らせていた。
　戻ってきた舎人の話によれば、今、あがこ（＝雅子）は久我の屋敷を出て、醍醐寺に籠もり、父親の弔いをしているという。
（お寺に寝泊まりをしているのか、寺では無粋なこともできまいが…）
　院はそう思われるのだが、一時も早くあがこにお会いになりたかった。あがこをこの胸に抱きたいと思われた。
　できれば、股間の硬いモノをあがこの中に差し入れ、しっかりと動いて、思いっきり、わが思いの丈（たけ）を吐き出したいと思われた。

　牛車（ぎゅっしゃ）が醍醐寺に向かう。
　何とも今日ばかりは荷台車を引いている牛の歩みが遅くて、院にはイライラされている。
　院には、物見窓を開けて外の景色を見られたり、方立て（ほうだて）のすだれを挙げて前方の景色を見られたりと、ひどく落ち着きがない。
　こういう時は、武家がうらやましく感じられる。
　武士ならば、馬に飛び乗り、ムチで馬の尻を叩いて駆けさせればいいのだ。牛車の、のろのろとした速度に比べ、はるかに馬の駆け足が速い。
　寺の山門前に牛車が着くと、舎人たちの案内も待たず、院はひとりで石の参道をトコトコと歩かれる。
　院は、玄関で尼僧たちのあいさつをろくろく受けもされず、もう玄関をお上がりになられて、廊下を突き進まれる。
　後に付き従う尼僧たちを振り返りもされず、前を向きながら尋ねられる。
「あがこはどこじゃ、あがこはどの部屋にいるのじゃ」

　と、若い女が部屋から廊下に出てきた。
「あがこっぉ！」
「御所さまぁ？！」
「あがこっ！」
「御所さま、どうしてこちらへ？」
「どうしても、こうしてもない、そなたに会いに来たのだ。あがこ、会いたかったぞ」
　院は、あがこに飛びつきそうになさる。
　その院の動きを察して、あがこは巧みに身を避ける。
「取りあえずは、お部屋に…」
「ああ…」
　抱かせてもらえず、院はちょっとがっかりなさる。

　部屋に入る。
　ふたりっきりになる。
　院には、何かドキドキするな、とお感じになっている。
　久しぶりだからであろう。
　近くに恋しい女がいる。それなのに、ちょっと手が出せない感じがする…。

　あがこ（＝雅子）は、どうしていいか、戸惑っている。
　近頃、御所さまのことはあまり想っていない、むしろ実兼さまのことを想っているのだ。
　それが急に御所さまが訪ねて来られて。
　どぎまぎしてしまう。
　それに、３日前には実兼さまに抱かれているのだ。
（実兼さまの匂いが、このからだについていないかしら？）
　あがこは不安になって、顔を俯けている。

「あがこ、会いたかったよ」
　御所さまの声で顔を挙げると、御所さまはいつにじり寄って来られたのか、顔がそばにある。
　御所さまの目が濡れている。
（あ、ぁぁぁ・・・、御所さまは、まだ、わたしのことを…）
　あがこは力が抜けてしまって…。目の前がボーッとしてしまって…。

　気がつくと、御所さまの胸に抱かれてしまっていて…。
「あがこ、愛しているよ」
　御所さまの声が耳に届き、そして、心にも届く…。
　御所さまの言葉がこころよい。
　実兼さまにわるい、と思いつつ、もう、御所にくちびるを吸われてしまっていた。
（あっ、あああっ・・・・）
　あがこは、御所さまの甘い唇に、酔ってしまう…。
「離して、苦しいわ」
「……」
「どうなさったの？」
「どうもしないよ」

　院はあがこの目を探っておられた。
　しかし、あがこの目に怯えはない。
（兼嗣が言うように、本当にあがこは実兼に抱かれたのだろうか？）
　院はこうしてあがこのそばにいて、あがこのからだのぬくもりを感じておられると、もう実兼のことなど、どうでもいいとさえお思いになる。
「あがこ、会いたかったよ。だから…」
「……」
「だから、そなたが欲しいのだよ」
「でも、ここは尼寺ですわ。身寄りのない尼さんたちがたくさん集まっておられて…」
「ああ、わかっているよ」
「そんな方たちにわるいわ」
「いいではないか、わかっても。わたしたちは愛し合っているのだから…」
「まぁっ！」
「それとも、そなたには他に好きな人でもできたというのかい？」
「そんなこと…」
「だったらいいじゃないか。わたしたちは愛し合っているのだよ。だったら、まぐわいをするのはとても自然なことだよ」

　あがこは、寝所にしている部屋に御所さまを案内せざるを得なくなっている。
　ふたりして、部屋を移る。
　御所さまはおとなしく座っておられて。
　あがこも畳の上に座っている。
　まさか、この部屋に尼僧を呼んで、寝具を敷いてもらうこともできず…。
　あがこはついに立ち上がり、寝具を敷くはめに。
　そのあいだ、御所さまには衣類を脱ぎ捨てになっていて。

　御所は、早や寝具の上に寝そべっておられる。
「あがこ、あがこ、早く、早く」
　と御所は急かされる。
　
　あがこは、そばまで行くが、なぜか勇気がない。
　実兼さまへの遠慮なのであろうか？。
　院に手を取られて。
　倒れこむように寝具の上に。そして院の手で仰向けに寝かされて。
　すぐに御所さまは覆いかぶさってこられる。
　くちびるをお吸いになって。

（ああ、御所さま…）
　あがこは内腿に、かっちんかっちんに、石のように硬くなった御所さまの逸物（＝ペニス）を感じている。
（ああっ、御所さま、そんな乱暴な、いたいわっ）
　御所さまは、ぎゅっとばかり乳房をにぎりしめられて。
　そして、乳房をぎゅっと絞り上げられ、その先端の乳首を舐められて。
　それに、まるで気でも狂ったように、乳首に歯を当てられて。
　その歯が痛い。
　でも、御所さまの自分への思いも感じられて…。

　院は乳房の裾野を揉みしだきながら、夢中でお乳を吸っておられる。
　そして、頭の中では、何としても、おのれの痕跡をあがこのからだに残しておきたいと考えておられて。

　あがこは実兼にからだを許したのだろう。
　からだを許し、心までも許したのかもしれない…。
　くやしい…。
　しかし、今となっては、捨てられたくはないのだ。いつまでも自分のことを忘れないでいてもらいたいのだ。できうれば、愛して欲しいのだ。院は執拗に、あがこの乳房をいたぶっておられた…。

　院は、上体をあがこの胸の上に預けておられて。
　そして、あがこの耳元で囁かれる。
「わたしのことを、忘れてはいないよね」
「……」
「忘れたのか！」
「……」
「そなたは冷たい人だ」

（まぁ、なんということを）
　とあがこは怒っている。
（御所さま、わたしに会いに来られないときは、どうしておられたのですか。きっと他のおんなのひとをお抱きになっていたのでしょ！）
　あがこは御所さまの好色を知っている。
　宿直（とのい：宮中に宿泊してお仕えすること）のときは、帳（とばり）や屏風ひとつ隔てたところで御所さまのおそば近くにお仕えしなくてはならない。御所さまときたら、勝手におんなを連れて来られて、これ見よがしにおんなを口説かれ、おんなのからだをいたぶられ、そのおんなの中に体を押し込めになるのだ。そんなとき、あがこは気が狂う。でもそれも宮仕えのひとつ。我慢しなくてはならない…。そんな御所さまなのだ。ずっとひとり寝をなさっていたとは考えられないのだ。

「そなたは情のこわい女だ」
「……」
「しかし、そんなそなただが、わたしは恋しくてたまらない…」

　御所さまときたら、もう下衣を掻き分けられて。
　そして、しきりに土手を手の平でさすられ。そして、陰核を指先で撫でられる。
　いきなり、指を突っ込まれて。

「ああっ、あがこ、なぜ濡れていないのだ！」
「いやっ！」
「どうして！」
「御所さまは、ずっとわたし以外の人と、こんなことをなさっていて…」
「妬いているの？」
「いいえ、怒っているだけですわ」
「妬いて欲しい！」
「……」
「妬くのはいつもわたしの方なのだ。たまには、そなたに妬いて欲しいのだよ」
「そんな…」

　御所さまに、乱暴に玉門をいじくられて。
「あがこ、濡れてないよ、どうして、どうして？。濡れて欲しいのに…」
　御所さまにそう言われて。
　御所さまは、伸び上がって、目を見つめられる。
　その目は猜疑心にあふれていて。
　まるでその目は、『おまえは、わたし以外のおとこに抱かれたのではあるまいな？』とでも語りかけてくるような。
　思わず、あがこはその目を避けるように、からだを反転させてしまう。
　でも御所さまは、背中から抱きつかれてきて。
　そしてうなじに唇を這わせられる。
　背中をなでられる。
　いやだ。
　でも、こんなときに限って、院はやさしく愛撫されるのだ。
　背中のツボを指先で、ぎゅっと押さえられる。
　それがとても気持ちがいい。

　そのうち、後ろから手を伸ばし、前の股間をいじくられ。
「ああ、あがこ、やっと、濡れてきたよ。さぁ、こちらを向いておくれ」
　あがこはいやなのだ、御所さまと顔を合わせるのが、視線を合わせるのが。
　つい、３日前には実兼さまにからだを許していて。
　その匂いは消えているとはいえ、何かを御所さまに気づかれるのは怖い。
　それに、大きなおなかを見られるのもいやなのだ。

　でも、御所さまの力は強い。
　御所さまの手でまた反転させられ、仰向きにされてしまう。
　そして、御所さまに強引に下肢を開かされてしまう。
　すぐさま、その下肢の間に御所さまはすべり込んで来られる。
　御所さまは、体を起こされて。
　そして、のしかかってこられる。

「うん？」
「どうなさったの？」
「あがこ、少し、おなかが出ているような」
「ええ」
「どうしたの？」
「身ごもっていますの？」
「えっ！」
「むろん、御所さまのお子ですわ」
「ああ、そうなのか？」

　そうだろうと院は思われる。
　あがこを最初に抱いたとき、あがこは出血したのだ。
　あがこにとって、わたしが最初のおとこだったことは間違いない。
　そして、実兼があがこの屋敷に通いはじめたのは、つい最近と聞く。
　とすれば、おなかの子は、やはりわたしの子にちがいあるまい。

　御所さまは、もう一度玉門に指を突っ込まれ、中が濡れているのを確かめられると、満足そうな笑みを浮かべられた。
　そして、石のように硬くなった股間の逸物（いちもつ）を押し曲げ、ねじるようにしてあがこの女陰の中に挿（さ）し込まれて行った。
　おなかを圧迫するわけにはいかない。
　御所は上半身を起こしたままで、あがこの太ももの外側を握り締めながら、腰を相手の腰に密着させるようにしながら、前後に腰を揺すられている。

　あがこの門構え（小陰唇）が充血し腫れてきているのだろうか？。
　その門構えの肉が雁首をとらえ、しっかりと擦れるので院には気持ちがいい。
　それに、深く抜き差しをすると、逸物（大陰茎）の根元さえも、その門構えの襞肉が食いつき捉えるので、思わずうめきたくなるほどに気持ちがいいのだった。

「ああ、あがこ、あがこ、われは、われは…」
　院にはもう我慢ができず、おなかが大きいにも拘らず、あがこのおなかの上に、そして胸の上にと、覆いかぶさっていかれる。

　院は、上体の肉があがこの胸に重なり、とても満足されていた。
　そして、腰の上下動の激しさを増して行かれる。
　腰の後ろがムズムズとしてきて…。痺れが一筋走る…。
「あがこ、あがこ、もうダメ、限界じゃっ！」
　もう、おなかの子のことは念頭にない。

　子より親が大事。（ああ、昭和の太宰治さま、申し訳ありません）

　御所さまは、ぎゅっとあがこの肩を抱かれて。
　腰が痺れて。その痺れが脳天まで届いたと思うや、ドクドクドク―――ッ、と激しく気をやられて。

　それでも、しっかりと吐き出したあと、御所さまはあがこのからだの上から横に降りられて。
「あがこ、そなたは？」
「……」
「イかなかったのか？」
「……」

「そうか、わるかったね」
　院は、横に添い寝をされて。
　今度は、あがこをイかそうとお思いになった。
　乳房を優しく揉まれて。そして乳首をちゅぱちゅぱと吸われて。
　下肢の内腿を優しく撫でられ、下腹部の陰核をコリコリっといたずらっぽく擦られる。
　そして、指で、門構え（小陰唇）のびらびらの肉片をやさしくなぞられて。
　指が愛液でじっとりとしっかりと濡れていく。
　院はあがこの中に指を入れ込まれる。
　そして、中で、ぐにゅぐにゅと卑猥な音を掻き立てるほどに、指をお動かしになる。
　
　中は洪水のようになり、その指を抜かれる。
　その濡れた指で陰核をゆっくりと撫でさすられる。
「あっ、う〜ン、はぁっ・・・、ハぁッ、ハァッ、ハッ、ハ……」
　あがこが腰をよじり、かすかにうめく。
　指が乾くまでに、じっくりと陰核を攻められる。
　そして、乾いた指をまた、あがこの蜜壷の中に。
　指は再び熱くなり、じっとりと濡れてくる。
　あがこのからだが震え始める。
　院は、指の抜き差しの速度を速められる。
　あがこは、ビックン、ビックンとからだを跳ねさせて…。

「あああっ、あっ、あなぁったぁっ・・・・！！！っ」
　あがこがしがみついてくる。
　そのあがこを院にはやさしく受け止めておられる。
　あがこのからだの震えが院の体にも伝わり、院はとても和やかなお顔をされている。

　あがこはイッたようだ。
　がっくりとあがこの力が抜ける。
　院には、今度は、あがこをしっかりと抱きしめられた。
　実兼にはやりたくない、やりたくないと、院は思われた。
　ぐったりとなったあがこのやわらかいからだを横抱えに抱きながら、院は心の中で叫んでおられた、
『あがこ、あがこ、わたしを見捨てないでおくれ……、わたしは愛しているのだ、おまえだけを愛しているのだ…』
　と。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

（注）この翻案小説を書くにあたり、下記の図書を参考としました。
　　「女西行――とはずがたりの世界――」　松本寧至　著　　　勉誠出版（株）刊
　　「とはずがたり」　　　　　　　　　　　富岡多恵子　著　　講談社　刊