３４　涼子のことも忘れられない院

　あがこ（二条）は冷たいおんなごよなぁと後深草院（御所）は思っておられる。
　あがこのことは常に気になる。
　御所で、ちらりとあがこの姿をお見かけになる。
　しかし、向こうのあがこは、まるでこちらを無視しているかのように見向きもしないのだ。

　あがこは子を産んだ。
　しかし、ますます美しくなる。
　御所さまとすれば、それは確かにうれしいことなのだが、胸がチクリと痛いのだ。
　あがこの美しさの裏には、男がいるのだ。
　その男は誰であろう、西園寺実兼であることに間違いないのだ。
　
　実兼が、あがこの口を吸おうと構わぬ。
　実兼が、あがこの乳房を吸おうと一向に構わぬ。
　しかし、がまんできないのだ、実兼のやつが大陰茎（＝ペニス）をあがこの玉門（＝ヴァギナ）に差し込むというのは。
　いや、もっといけないのは、実兼のやつが、あがこの蜜壺の中で、大陰茎を抜き差しするということなのだ。
　さらに言えば、実兼のやつが、もうがまんできなくて、あがこの蜜壺奥深くにいっぱいの精（＝スペルマ）を吐き出してしまうことだった。

　御所さまは、それゆえに、実兼には冷たい。
　御所で出会って実兼が頭を下げたとしても、実兼をまるっきり無視して通り過ぎになる。
　その代わり、鷹司兼嗣とは親しい。
　何かと声を掛けられ、引き止めて離そうとはなされないのであった。

「のぉ、兼嗣、近頃、われは憂鬱なのじゃ」
「……」
　憂鬱と言われても、そういうことに耐えられるのが権力者ではないのかと、兼嗣は思っている。
　がしかし、この権力者にへつらい、おもねていくのも家臣の務めだと思うのだ。
　
　御所さまは、忠臣である兼嗣すら、自分のことを疎ましく思っているのではないかと疑われることがある。
　そんな時は、やはり船子がいいと思われる。
　船子はいつもにっこりと微笑みかけてくる。
　それで、昼間であっても、御所さまには手招きをされ、船子の手を取って部屋の隅に連れて行かれる。
　手を引くと、船子は寄ってくる。
　抱き寄せて、腰に手を回し、船子の口をお吸いになる。
　舌を吸うと、船子は首に手を掛けてきて、しかも、クンクンと鼻を鳴らすように顔を近づけてくる。
　で、ギュッとばかり、背中から強くお抱きしめになる。
「今夜、来てくれるよね」
「はい、御所さまさえ、よろしかったら…」

　冷たくなった二条あがこへの復讐のために？
　いや、そうではなかった。
　ただ、まぐわい（セックス）がしたいだけなのだ。
　まぐわいをしなければ、ぐっすりと眠れないのだ。
　それに船子は、まぐわいをきらっていないのだ。

　船子は、お口を吸ってやるだけで、胸をもぞもぞとさせてくる。
　それで、おっぱいを揉んでやったり、乳首を吸ってやるのだ。
　乳首を吸っているうちには、やがてお尻をもぞもぞとさせてくる。
　それで、お尻を撫でてやる。
　そのうちには、内腿のあたりをもぞもぞとさせるものだから、股座に手をやり、両側の内腿を撫でてやる。
　そのうちには、船子が上半身でしがみついてき、腰を後ろに引くので、股に置いた手を深く差し込む。
　下紐を解き、下衣の下をくぐらせる。
　恥毛を撫でていると、もう恥毛が濡れているのだ。
　指を折り曲げて、恥口（膣口）に差し入れると、もうその中はびっしょりと濡れている。
　船子自身の愛液でびっしりと指を濡らし…。そして、その指で、陰核（クリトリス）を愛撫してやる。
　船子がフンフンと鼻を鳴らし、顔をのけぞらせるのは、男として何ともやりがいを感じさせるのだ。
　だから御所さまは、心にゆとりを持ってお尋ねになる。
「船子、気持ちがよいのか？」
「あっ、ああああ」
　船子の気持ちよさそうなお顔を見られると、御所さまには、もう入れたくなられて…。
　船子の股をお開きになり、そして、硬くなった大陰茎を、船子のあそこへ、ズブリとばかり…。
　船子は、ギューンとばかり、のけぞり…。
　でも、御所さまが上体をおあずけになると、ちゃんと、背中に手を回し、抱きついてくる。
　御所さまはなぜか、船子には余裕があって…。
　ゆっくりと抜き差しをされ、口を吸っているうちに、船子は、ブルブルっとからだを震わせる。
　船子の顔を覗く。
　頬が紅潮し、目がうつろだ。船子はどうもイッたらしい。
　御所さまには、入れたまま、少し、動くのを休まれる。
　そのうち、船子がもぞもぞとしてくる。
　で、やおら、御所さまは、また、ゆっくりと腰をお使いになる。
「あっ、あああ、いいわ、いいわ」
　船子は、ギュッとしがみつく。
「アッ、グゥ―――ッ！」
　船子は、また、イッてしまうのだった。

　御所さまは、グッとがまんをなさる。
　ここでイッてはいけないのだ。
　船子のからだの上にのしかかったまま、動きをお止めになる。
　腰を浮かせている。
　船子の蜜壷が、ヒクヒクとおのが大陰茎を締め付けている。
　それがとても気持ちいいのだ。それは早く出してしまいたいくらい、気持ちがいい。

　御所さまは、上にのっかったまま、しばらく、じっとしておられる。
　と、下にいる船子が、気を取り戻したらしい。
それで、また、船子の口をお吸いになられて。
　股間のモノもまた再び、勢いを増したようで。
　御所さまは、動きを開始される。
「あっ、あああ、あん、アン・・・」
「船子、船子、気持ちいいよ。今度は、一緒にイこうね」
「あっ、あああ、いいっ、いいーーーっ」
　船子が本当に気持ち良さそうにあえぐので、とうとう、御所さまも、我慢がならず、
「ああ、船子、もう、だめだ、だめだ、がまんできないよぅぅ」
　と言いながら、船子の上半身をしっかりと抱きしめながら、蜜壷の奥深くに、精（液）をお吐き出しになるのであった…。

「御所さま・・・」
「なんだ？」
　まぐわい（セックス）が終わり、御所さまは船子を横抱えにしておられる。
　船子が御所さまの胸に顔をくっつけてくる。
「御所さまは、本当に、わたしのこと、お好きなの？」
「うん？」
「わたしは、御所さまのこと、とっても好きなのに・・」
「それは、われとて同じこと・・」
「うそぉっ！」
「そんなことはない…」
　御所さまは、しっかりと船子を抱きしめられた。

「どうして、そんなことを言うのじゃ？」
「だって、よく夕刻になると、御所さまは牛車（ぎゅっしゃ）でお出かけになるのですもの」
「ああっ、あれはのぉ、あれは鷹司兼嗣と、藤原兼平の屋敷に行くのじゃ」
「うそっ！」
「藤原兼平はのぉ、近衛の大殿（おおとの）というてな、なかなかの人物じゃ。近く太政大臣になるであろう。話もおもしろい。兼嗣の大叔父であるゆえ、よく兼嗣に誘われるのじゃ」
「・・・」

　御所さまは、船子の髪を撫でておやりになっていた。
　御所さまは、考えておられる。
（船子ですら、わたしが牛車で涼子の屋敷に通っていることを知っている。あがこの耳にもきっと、こんなことは入っているであろうな）
　御所さまの胸に、胃の腑から苦いものが込み上げてくるのであった。

　御所さまは、二条あがこの姿を見かけられるのであった。
　時々、その後姿を二、三歩、いや、四、五歩も追われることがあった。
（会って、何を言えばよいのであろうか？）
　その答えが見つからない。
　そのまま、立ち止まってしまわれて…。
　考えあぐねておられるのだ。
　すると今度目を上げられた時は、もうあがこの姿は見えなくなっているのであった。

　あがこに対して素直になれない。
　ましてや、あがこに宿直（不寝番）をさせ、その隣で女を抱き、あがこを苦しめてやろうという気にもなれない。
　そうこうしているうちには、夕刻になる。
　御所さまは、ぼぅーっとしたまま、牛車をお呼びになっていた…。
　そして、行き先すら告げずに。
　牛は歩いている。
　しかし、牛を扱う従者たちが途方に暮れていた。
　と、牛が止まる。
　内におられた御所さまは、急に牛車が止まったので、何事かと顔を挙げられた。
　そして、心の内で考えられる。
（とてもではないが、二条あがこの許には行けぬ。行ったところで、決して屋敷の内には入れてはくれぬであろう。どこへ行けばいいのだろう・・・）
　御所さまは目を瞑っておられる。
　このまま屋敷に引き返したところで、眠られぬと思われる。それに今夜、船子と約束をしているわけでもない。
　御所さまは、物見窓をお開けになられる。
「われは涼子の屋敷へまいるぞ」

　牛車は涼子の屋敷に着いた。
　君子が出てきて、部屋に案内される。
　驚いたことに、白髪頭の男や、頭頂の薄い男たちがいた。
（この年配者たちは、ホントに涼子のことが好きなのだなぁ）
　と、御所さまには呆れておられた。
　しかし、そのあとには、おのが自身のことが思われ、少し気後れなさっていた。

「御所さま、ようこそ」
　涼子は機嫌がよい。
　御所さまには、それが反って気に障られた。
　涼子が機嫌がいいのは、きっとこの年配者たちが来ているからであろう。われが来たからでは決してないのだ。
　御所さまは、この年配者たちに完全に嫉妬しておられた。
「涼子、われは帰る！」
「えっ？！」
　御所さまには、もう踝を返されて。後ろを振り返ることもなく。急ぎ足で。

「さぁ、車を出すのじゃ」
　従者たちは、あわてている。
　御所さまには今夜はこのお屋敷でお泊りになるとばかり思っていたのだから。
「早く、出すのじゃ」
　牛車がのろのろと出発する。
「御所さまぁぁぁ・・・」
　女の声がする。
　御所さまは、牛車の中から物見窓を開けられる。
　夕暮れ時でよく見えぬ。がしかし、どうも、涼子が後を追っかけてきているようだ。
　御所さまは、物見窓から牛車に付き従っている従者に声を掛けられる。
「止めよ」

　後ろ側の方立て（引き戸）が開かれて。御簾が上げられる。
　女が近づいてくる。
　やはり、涼子であった。
　涼子は、小袿（こ・うちき）姿で立っていた。
「どうしたのだ？」
「御所さま、ひどいことを…」
「まぁ、ともかく、ここへ上がりなさい」
　踏み台が用意され、それを乗り越えて涼子が牛車の内へ入ってきた。
　御所さまは、従者に言われる。
「車内に、もっと灯りをともせよ」

　従者が灯りを点すと、車を降りていこうとしている。
　御所さまは、従者に声を掛けられる。
「しばし、このまま、そちたちは待っておるのじゃ」
　従者が車を降りていく。後ろの方立て（引き戸）を閉めようとしている。
「よいよい、そのままでよい」

　御所さまは、涼子に向き直されて。
「涼子、どうしたのじゃ？」
「ひどいわ、御所さま、せっかくお越しになって、すぐにお帰りになるなんて…」
「・・・」
「御所さま、何か、わたし、わるいことをしまして？」
「いや」
「では、なぜに？」
「わかっておるではないか」
「わかりません」
「われは、あの年配者たちが来ていると、とても気分がわるくなるのじゃ」
「どうしてなのです？」
「決まっているではないか。われはそなたとふたりだけで時を過ごしたいのじゃ」
「・・・」
「あの男たちがいると、いつも涼子を取られるような気がする…」
「そんなこと…」
「本当なのじゃ。われは、いつも涼子とふたりっきりでいたいのじゃ。誰にも邪魔されることなく…」
「どうして？」
「そなたが好きだから…」
「まぁっ！」

　涼子が顔を俯けている。
　物見窓は開いたままであった。
　後ろ側の方立て（木製の引き戸）も開いたまま…。
　この車の中は、外から丸見えなのだ。
　涼子とふたりっきりであって、決してふたりっきりではない。
　ひょっとして、ここで迫れば、涼子は興奮してくれるかもしれない…。

　御所さまは、涼子のそばににじり寄られる。
「そなたは、わたしひとりのものにはなってくれないのだね」
「・・・」
「わたしはこんなに、そなたに恋焦がれているというのに…」
「そんな…」
「わたしは、そなたをひとり占めしたいのじゃ」
「いつも、そんなわがままを、御所さまには…」
「そなたが好きゆえじゃ」
　御所さまは、涼子の肩に手を置かれ、引き寄せられる。
　涼子の抵抗はなく。
　そして、抱き寄せて、涼子の半開きになったくちびるを見つめられる。
　そのくちびるが濡れていた。
　御所さまは堪らず、そのくちびるを吸いに行かれる。
　くちびるを吸い、そして、舌をまさぐり、涼子の舌をお吸いになる。
「御所さま・・・、苦しい・・・」
「涼子、そなたはわたしだけのものじゃ…」
「ああっ、・・・・・」
「そなたが好きなのじゃ。あの年配者たちに、そなたを抱かせたくはない」
「ああ、そんなにぃ、くるしいわ・・・・」
　御所さまは、小袖の併せを乱暴に開き、むさぼるように、涼子の乳房に口をつけられていた。
「あああっ、御所さま、いけない、こんなところで…」

　御所さまは、構わず、乳房を鷲づかみにし、乳首をちゅうちゅうと音を立てて、お吸いになる。
「ああ、御所さま、お願い、やめて、こんなところでは、いやいや」
「よいではないか」
「外には、御所さまの御付きの方々が…」
「よいよい、聞こえてもよい。われがそなたを好きなことはみんな、知っておる」
「そんなぁ！」
　涼子を見ると、恥ずかしそうであった。
　しかし、その目は完全にはいやがっていなかった。幾分かの媚があり、従者たちの目を全くきらってはいないように思えた。
　それで、御所さまには、大胆にも、涼子の五つ衣（いつぎぬ）をお取りになり、袴の紐さえ、お解きになる。
「いやいや、こんなところで」
「われは、あの年配者たちのいる部屋には戻りとうはない。ここでそなたを抱きたい」
「いやいや、いやよ」
　御所さまは、興奮されていて…。
　涼子の肩に伸ばしている手が震えている。
「お願いだ、静かにしていて。外に聞こえるではないか」
　涼子がちょっと静かになる。
　御所さまは少し落ち着きを取り戻されて…。
　涼子がいやがるのに、早や小袖（こそで）すら剥ぎ取って、肩を剥き出しにしておしまいになる。
　そして、袴を脱がせ、下衣の紐を解き、涼子のお尻を上げさせ、腰から下衣のころもを剥ぎ取ってしまわれるのであった…。
（つづく）

（注）この翻案小説を書くにあたり、下記の図書を参考としました。
　　「とはずがたり」　新潮日本古典集成　　福田秀一　校注　　新潮社　刊
「女西行――とはずがたりの世界――」　松本寧至　著　　　勉誠出版（株）刊