５４　心と体がばらばらになる二条

　後深草院はふて寝をしておられる。
　二条あがこがそばにいるというのに、ご機嫌斜めなのだ。

『わたしは権力者なのだ』と、後深草院は考えておられる。
　確かに、わたしは天皇の座からは降りた。
　今、上皇とはいえ、治天の君（＝京都朝廷のトップの座）でもない。
　しかし、わが息子の熙仁（ひろひと）親王は、立太子（＝次期天皇の最有力候補の皇子のこと）の儀を行った。それに、もうひとりの息子の久明親王は親王将軍として鎌倉幕府にいる。
　上皇として、まだまだ弟の亀山には負けぬ。
　それなのに、女ひとりとてままならない。
　あがこは、実兼に心を寄せている。
　涼子とて、そうだ。
　涼子にとっては、わたしは単なる金づる（＝お金を手に入れる手段）でしかない。
　涼子は、白髪頭や薄禿頭の年配者たちの方に、むしろ心を許している。
　斎宮�ﾄ子がいるかもしれない。
　しかし、斎宮はわたしの妹なのだ。
　これ以上の関わりは持ちたくない。

「御所さま・・」
　と、あがこが呼びかけている。
「……」
　御所さまは返事をなさらない。
「御所さま、わたくしは、今夜は、引き下がらせていただきます」
「……」

　二条あがこの声が、御所さまには聞こえている。
　しかし、御所さまは、あがこに背中を向けたまま、振り向こうともなさらない。心の内では、あがこを呼び止めておられるというのに。
『あがこ、行かないでおくれ。今夜も宿直（とのい）をして、ずっとわたしのそばにいておくれ』
　
　あたりが急に静かになったような気がして、御所さまはギクッとされる。
　あがこの気配がないのだ。
　御所さまは、言いようのない寂しさに駆られておられる。
（あがこは、実兼の許に行ったのかもしれぬ。しかし、それは当然のことかもしれぬ。われは、あがこに見せつけるように、わざとあがこのそばで、斎宮を抱いたのだから・・）

　権力者であるのに、このような寂しさというのは、一体どこから来るのであろうか。
　所詮、人間なんて孤独な存在だ、と御所さまは思われるのであった。
　そして、人間がまとおうとする権力など、はかないものかもしれないとも思われるのであった。
　天皇だの、上皇だのと言っているが、その座は、治天の君と一体とならねば、大した権力の座とは言えないのではあるまいか…。
　ましてや、天皇の座を降りた上皇の座など、大したものではない、ただの形式だけ…。
　天皇だの、上皇だのと言ったところで、それは人間が仮の間に、纏（まと）う借り蓑（かりみの）に過ぎぬ…。
　寂しさがこみ上げる。
　あがこ、あがこと心の中で、呼んでおられた…。

　眠られぬ。ひとりではとてものこと。
　御所さまは、起き出して、大宮院に仕える女房をお呼びになった。
　女房が来る。
　見ると、先ほどの遊宴の時に、われの琵琶の演奏を褒め称えてくれた女房だった。
　その女房に、御所さまは甘えられた。
「すまぬが、二条を探して来てはくれぬか。どうも、腰が重くて…」
　御所さまは、照れておられる。
「つまり、その、二条に腰を揉んでもらいたくて…。これでは、なかなか寝付かれぬゆえに。だから、その、それ、二条にわれのところに来るように、そなたから伝えて欲しいのだ…」

　御所さまは、寝床に入って、あがこをお待ちになっていた。
　胸が妙にドキドキする。
（あがこのやつ、ひょっとしたら、実兼が泊まっている部屋へ行っているのではあるまいか。そして、今頃は実兼に口を吸われているのかもしれない…）

　と、人の気配がする。息を止めて…。
　御所さまは寝返りを打たれる。
『ああ、あがこだ。あがこが来てくれた！』
　御所さまは内心、とても喜んでおられた。
　が、なかなか、素直になれない。
『あがこ、わたしはそなたが欲しい。そなたのからだが欲しいのだ。抱きたい、抱きたい、そなたを…』
　しかし、言葉が出ないのだ。

　それに、御所さまは、先ほどまでの遊宴のときのことを思い出しておられる。
　遊宴のとき、あがこは、実兼のそばに行き、実兼の盃にお酒を注いでいた。
　実兼の前に座ったあがこの顔はポッと赤らんでいて、とても美しかった。
　それで、われは、つい、そばの善勝寺大納言の隆顕（たかあき）に、
「実兼には、わざわざ天下の美女からお酌があったのだぞ。そなた、うらやましいとは思わぬか？」
　などと、言ってしまったのだ。
　あるいは、あの時の言葉、あがこに聞かれたかもしれない。
　実兼に対する嫉妬から思わず出た言葉だった。
　しかし、あがこには、軽蔑されたにちがいない、きっと。
　御所さまは、本当に恥ずかしく思われていた…。

　御所さまは、このまま何も言葉をかけないと、また、あがこに逃げられてしまうと思われた。それで、思い切って、おっしゃられた。
「お酒を飲みすぎて、とても苦しい。すまぬが、腰を打ってくれないだろうか？」
「……」
　御所さまは、じっと待っておられた。
　と、腰に、あがこの手を感じられて…。
「あがこ」
　御所さまは、半身を起こされ、あがこの手をにぎられる。
「あがこ・・」
「……」
「そなたが好きなのだ」
「……」

　御所さまは、すがるような目であがこを見ておられる。
　そして、あがこをわが胸に引き込もうと、手を引っ張られる。
「だめですわ、御所さま・・」
「どうして？」
　几帳の陰に、大宮院の女房が居座っているような…。あがこはそんな気がするのだ。
「斎宮さまが、待っておられますわ」
「いいのだ、あの人のことは。もう、あの人のことは言わないで欲しい…」
「でも・・」
「それより、そなたは、あの思い差しの君（きみ）のところへ行かなくてよいのか？」
「……」
　あがこは、ぎくっとする。
　実兼さまにお酌をしに行ったことを、ちゃんと御所さまは見ておられたのだ。御所さまは、本当に男と女のことには敏感なお方…。
「そなたたちは、思い思われ、相思相愛の仲で、うらやましいことだ」
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか？」
「うらやましいのだ、そなたたち二人のことが。わたしはいつも片想いだ…」

　そう言いながら、御所さまは顔を伏せられる。
　あがこの手をにぎっている御所さまの手から力が抜けてしまっている…。
　あがこは、几帳の陰にたたずんでいる大宮院付きの女房がまだ、気になっている。
　しかし、御所さまのことが気にかかる。
「どうなされたのです」
「どうもしないよ」
　まるで、子どもみたいだと、あがこは思う。
　あの遊宴の時だって、そうなのだ。
　御所さまは、わたしの叔父である隆顕大納言に、
『実兼のやつ、思い差しの人に酌をしてもらって、さぞやうれしいことであろうよ』
　と話しておられたが、その顔はまったく悪たれ小僧のようで…。

「でも、御所さま、さっきから、何やら変ですわ」
「そなたこそ、早く、自分の部屋に戻りたいのであろう」
「そんな…」
「戻りたかったら、戻ってもよいぞ」
「……」
　あがこは、立ち上がろうとした。
　と、御所さまが、顔を上げられて…。
「あがこ、あがこ、われを見捨てないでおくれ」
　御所さまの目には、涙が…。
　あがこは、膠着したように身を固くして。
　どうしたらいいのか、わからない。

　と、御所さまが抱きついて来られる。
「あがこ、今夜は、ここに泊まっていきなさい」
「でも・・・」
「実兼のことは忘れて欲しい…」
「御所さま・・」
　あがこは、抱かれながら、それでも御所さまの耳のところに口を近づけて…。
「御所さま、几帳の後ろには、大宮院様にお仕えの女房の方が・・」
「えっ？！」
　御所さまが、胸を離され、顔を覗かれる。
　御所さまの目に光りが…。
　そして、にやりとお笑いになり…。
　耳元でそっと囁かれる。
「ねぇ、あがこ、ふたりして、あの女房を、妬かせてやろうよ」
「まぁっ！」
　あがこはあきれている。
　そして、内心、御所さまの好色に、嫌気がさしていた。
（わたしは、御所さまの寝所の愛玩動物ではないわ…）

　と、御所さまは、あがこの耳たぶを、歯で齧（かじ）られる。
「あっん、いやっ！」
　あがこが身をよじる。
「よいではないか。今夜はそなたが欲しいのだ」
（ああ、御所さまったら、芝居がかっておられる。あの女房を本当に妬かせられるおつもりなんだわ）
　
　あがこにすれば、几帳（室内に立てて、隔てとした練絹）の後ろに控えている女房がかわいそうで。男女の睦言を聞かされるのだ。
　女房とて、生身のからだ…。
　わたしだって、御所さまと斎宮さまの、まぐわいの始まる前の衣（きぬ）ずれの音、また、御所さまが斎宮さまのお口をお吸いになるチュウチュウという音声に、どれだけ悩まされたことか…。
　「クチュクチュ」という、御所さまが、斎宮さまの淫裂の中を掻き乱される指の音に、どれだけ、股間の奥を濡らせてしまったことか…。

　御所さまの手で、すでに白絹の寝着（パジャマ）を剥ぎ取られていた。
　御所さまが、子どもみたいに、わたしの乳房に喰らいついて来られる。
　くにゅくにゅと乳房を揉みながら、そして、乳首を…。
「チュバァ、チュバァ・・・」
（ああ、そんなに、強く、吸わないで・・）
　あがこは、困っている。
　頬を赤らめて。
　そんなに、わざとらしく大きな音をたてて、吸わなくても…。
　やさしく、静かに、吸ってくださればよいのに。
　これでは、明らかに、几帳の向こうの女房への当てつけもいいところ…。

　御所さまは、もう、胸の谷間に顔をくっつけて、グリグリと乳房を…。
「あっ、あ−ン」
　あがこにすれば、くすぐったくて…。
　と、御所さまの熱い息が、耳元に。
「あがこ、そんなに声を出していいの？。大宮院の女房に聞かれてしまうよ」
「・・・（だって、しかたがないじゃないの、御所さまがいたずらをなさるんですもの）・・・」

　御所さまは、それから胸からやや顔を起こして。
　ちゅばちゅばと、また、乳首をお吸いになる。
　ところが、あがこの乳首ときたら、ちっとも、固くならないのだ。
　いつもなら、コリコリっと、乳首がおっ立ってくるというのに。
　そうしたら、こちらのくちびるや舌先だって、刺激が強くなって、股間のモノまで、勃（お）っ立って来るのに…。
　御所さまは、それでも、あがこの濡れ具合を確かめたくて、手をあがこの股間に当てられる。草叢をまさぐる。草叢の茂みの底は？。
　やはり、濡れていなかった。

　御所さまは迷われている、
（どうしたのだろう？）
　と。
（わたしのことが嫌なのだろうか？。今夜は実兼のもとに行きたかったのだろうか？）

　御所さまは、それでも、乾いた股間の草むらを撫でながら、あがこに囁かれる。
「ねぇ、どうして、われを受け止めてくれないの？。われはもう、そなたを抱きたくて、抱きたくてたまらないというのに…」
「・・・」
「実兼に抱かれたら、きっと濡れるのだろうね」
「・・・」

　身を上にずり上げながら、あがこの顔の表情を覗き込む。
　あがこは、さすがに、むくれているようであった。
　だが、御所さまにすれば、これで引き下がる、というわけにはいかなかった。
　無理矢理でも、あがこの中に入り、放出感を感じなければ、安眠できないのだ。それに、几帳の向こうで耳を澄ましているであろう女房とて、何もなかったとしたら、きっと失望してしまうだろう。

　御所さまは、からだを下の方にずらされて…。
　そして、あがこの股間に、顔をくっつけられる。
　あがこは、いやがって、身をよじりながら、上へ上へと逃げようとする。
　そうはさせじと、御所さまは、あがこの腰をしっかりと両手で掴まれる。
　あがこの足首を持ち上げ、あがこの膝を折り、あがこの股を広げさせる。あがこの股間の淫裂がパックリと開き、それが御所さまの目の前に迫る。
　御所さまの目が狼のように、青白い光りを放つ。
　狼は、口から涎を流しつつ、びらびらの肉の花弁に、吸い付く。
「べちゃべちゃ」
　それは、狼、いや御所さまの唾液の音だった。
「ヘロベロ、ベロォ〜」
　それは、御所さまが、長い舌をいっぱいに出され、縦に割れた、あがこの淫裂を顔を上下させながら、一気に舐められる音であった。

「あっ、あああ、いやいや」
　あがこにすれば、もう、身の毛がよだつほどに、気持ちがわるいのだ。
　こんなことになるなら、お呼びがあったとしても、『体調がすぐれませぬゆえに』とでも言って、ことわればよかった…。
　濡れない。
　今夜、あがこは決して濡れてくれないのだ。
　御所さまは、しきりに、股間の肉棒に、自分の唾を塗りたくっておられる。
　あがこの股間を思いきり開かれる。
　あがこが逃げる。
　しかし、御所さまは、容赦をなさらなかった。
　あがこの腰を引き付けになり、股間の硬くなったものを、淫裂の窪みに、グッとばかり押し込まれる。
　ギシッと音がしたような。
「いたぁーいィ！」
　が、御所さまは、手であがこの腰を押し付けつつ、残忍にも腰を押し込まれる。
　そして、あがこに逃げられぬよう、あがこの腰を引き寄せつつ、上体をあがこの上にしっかりとあずけられていく。
　あがこの表情を見られる。
　あがこの目に涙がにじんでいる。
　御所さまには、同情の心が芽生える。
　しかし、もう入れてしまったのだ。
　相手が痛がろうと、抜き差しをして射精まで行かなくては、おさまりがつかないのだ。
　が、動けない…。
　あがこが濡れていないからだった。
　このままだと、股間のモノが萎み、抜けてしまうかもしれない。

「あがこ、頼む、その気になって欲しい」
「・・・」
「あとで、わたしが眠ってしまったら、実兼のもとに行ってもいいから。どうか、今は、わたしとのことに気を入れておくれ」
「・・・」
「お願いだ、あがこ。われにはそなたしかいないのだから・・」

（また、御所さまの法螺がはじまったわ。御所さまは、言葉だけ。言葉だけの人だから。斎宮さまを抱いたり、涼子とかいう女を抱いたり。決して許さないから…）
　あがこは、股間の痛さを我慢しながら、御所さまをにくんでいた。
（涼子という女、とっても魅力的な女だとか。からだつきが本当に肉感的で、男の好き心を刺激してやまないとか…）
　あがこは、御所さまが涼子という女のからだに夢中になっているさまが思い浮かばれた。
　と、そのとき、あがこは、からだの奥から、ジワァーっと滲み出るものを感じた。

「あがこ、あがこ、われのことをきらわないでおくれ。われにはそなたしかいないのだから」
　耳元が濡れる。
（ああ、御所さまが泣いていらっしゃるわ）
　あがこは、御所さまがかわいそうになる。
「あがこ、あがこ、わたしはそなただけを愛している…」

（うそ、うそ。そんなことで、わたしはいつも裏切られてきた…）
「愛しているのだ、だから・・・」
　御所さまが泣き出しそうな声を出されて。
　あがこは、心が濡れてきた…。
（実兼さま。ここに泊まっておられて。寝苦しい夜を過ごしていらっしゃるにちがいない。それなのに、それなのに。ごめんなさい）

　御所さまが、口を吸いに来られる。
　あがこは、それに応えている。
　御所さまにしっかりと抱かれ、口を本当に一生懸命吸われていると、からだは濡れてくるのだった…。
　気持ちがよくなる…。
　声が出そう…。
　でも、声を聞かれたくない、几帳の向こうの女房に。
　だから、御所さまに、もっと強く、口を塞がれたかった。
　いや、こちらから積極的に口を押し付けていった、声が漏れないように…。

　御所さまが、舌を差し入れられて。
　とってもやさしく、そして、時に激しく。
　気がつくと、御所さまは、腰をお使いになっていた…。

「うっ、ぅぅぅううううっ」
　御所さまが声を上げられて…。そして御所さまの腰の動きが速くなる。
「あっ、ああああっ」
　御所さまが、情けなさそうな声を…。
（あっ、あああっ、まだよ、まだなのよ、御所さま・・・）
　と、あがこは心の中でつぶやいている。

「あがこ、あがこ、ごめん、ごめん、われは、われは。もう、もう、がまんできない・・・」
　あがこは、股間の奥で、御所さまのモノがぷくーっと大きくなるのを感じる。
（ああっ、まだまだ、まだなのにぃー）
　と、ピクピクっと、股間に挟んだ、硬い肉棒がうごめき、どびゃー、ドピャーとばかり奥の院（子宮口）に熱い液汁が吹きかけられていた…。

　御所さまは、あがこの上にのしかかり、あがこのからだをぎゅっと抱いておられたが…。
「ふぅーーっ」
　とばかりに、満足げなためいきを漏らされる。
（ああっ、気持ちがよかった。グビィッ、クビィッとイってしまった…。とても気持ちのいい、イき方ではあったな。イかなかったあがこには、わるかったけれども。やはり、好きな女とヤルのは、気持ちがいい……）

　あがこは、下から御所さまを抱いてあげていた。
　御所さまが、ぐっと体の重みを預けてこられる。
「ごめん、そなたがイかないうちに、われは・・・。わるかった…」
　御所さまは、上から降りられて…。
　肩口に顔をくっつけられて、目を閉じられたような。
　あがこは、イけなくて、呆然としたまま、仰向けになって…。目を開けていた。
「スースー・・」
（なに？、寝息かしら？）
　あがこは、横を見る。
　御所さまは、どうやら、もう眠りに落ちていかれたような…。
　あがこは、くすっと笑ってしまう。
　でも、何とも中途半端な気持ち…。
　でも、御所さまのあどけない顔を見ると、このまま、起き上がって、立ち去るのもはばかられる。
　あがこは、今夜は自分の肩を御所さまに貸してあげようと思った。
　と、几帳の後ろで、誰かが立ち去っていくような気配を、あがこは感じるのであった…。
（つづく）

（注）この翻案小説を書くにあたり、下記の図書を参考としました。
「とはずがたり」　新潮日本古典集成　　福田秀一　校注　　新潮社　刊
「女西行――とはずがたりの世界――」　松本寧至　著　　　勉誠出版（株）刊
日本の古典１３「とはずがたり」　　いがらしゆみこ　著　　中央公論社　刊