４　雪江と彦乃が重なり合って

　わたしは寝食を忘れて油絵を画くほどの
　　ディレッタント（好事家）ではない
　　　一枚の傑作を描きあげるよりも
　　　　一日を少女と語り暮らした方がよい
　　　　　　　　　　　………作：　竹　久　夢　二

　ここまでだ、とわたしは思った。
　これ以上キスしたら、わたしは狂ってしまうだろう。
　唇を離す。
　ドック、ドックと、心臓の音が鳴るのがわかった。
　彼女の顔を見る。頬が真っ赤になっている。
　そして、わたしの頬も熱くなっていた。

　わたしは恥ずかしかった。
　もっと自制すべきなのに。
　でも、もう彼女のくちびるを奪ってしまっていた…。
　わたしは、照れ隠しのために言った。
「下高井戸の停車場で、ずっと待っていたんだ」
「・・・」
「君に会いたくて」
「・・・」
「だから、ちょっとだけなら、キスしてもいいのかなと思って・・」

　わたしは中腰のまま、彼女を見つめる。
　彼女は椅子に腰掛けていた…。
　しかし、焦点の定まらないような目でわたしを見つめている。
　そして、その目は潤んでいた…。

『似ている』
　と、わたしは思った、彦乃の目に。
　もうあれから１０年が経つ。
　日本橋呉服町に店を出したのだ。
「港屋絵草紙店（みなとやえぞうしてん）」という店を。
　わたしがデザインした商品が並んでいた。
　その店に、よく彦乃はやってきてくれたものだ。
　とてもかわいかった。
　大きな、きらきら光る目。
　ときどき、焦点の定まらない目でわたしのことを見つめた。
　あの頃、彦乃は１８歳だった…。

　今、わたしの目の前にいる彼女も、焦点の定まらない目でわたしの目を…。
　そんな目をして見つめれば、男に誤解されるというのに…。
　わたしは、それでも、彼女にきらわれてはいないと確信した。
　いや、彼女はわたしに突然キスをされて、戸惑っているのだ、だが、その戸惑いのスキをねらって、わたしは自分の欲望を果たしたいと思っていた…。

「ねぇ、ここではなんだから、日本間に行ってゆっくりと話をしないかい？」
　わたしは誘った。
　彼女は目を伏せた。
　話なんかじゃない、わたしは彼女を抱きたいだけだった。
　わたしは欲望に突き動かされていた。
「お願いだ、僕の言うとおりにしてくれないか…。君を傷つけることはしないから…」

（『傷つけることはしない？』、そんなことはない、わたしは明らかに彼女を傷つけようとしている…。）
　彼女は椅子に座ったまま、動こうとしない。
　でもわたしは涙が出るほど、彼女を抱きたかった。
「さぁ、行こう」
　わたしは中腰のまま、椅子に座っている彼女の肩に手を置いた。
　彼女はその手をどかそうとはしなかった。
　わたしは、その手をゆっくりと彼女の腋の下へ。そしてその手を上に持ち上げようと…。
　そして、わたしも膝を伸ばしながら立つと同時に、彼女も椅子から立ち上がらせようとした。
　彼女は、幸いあまり抵抗もなく、立ち上がってくれた。
　わたしはうれしかった。
　それでちょっと笑った。
「さぁ、ちょっと休みに行こうね」

　寝室には連れて行けない。
　寝室には、お葉の匂いがあるような気がした。
　板の間の食堂を出る。
　日本間に入ると、わたしは押入れからお客用の布団を取り出して畳の上に敷いた。
　枕を二つ並べた。
「さぁ、寝ようね」
　わたしは彼女を促した。
　でも、彼女は突っ立ったままで…、ぼんやりと。
　確かに、上の着物や袴が皺になるかもしれない。
　でも、それを脱いで下着のままにするのは、はばかられた。
　ただ、わたしは、着物を着たままであってもいい、彼女を抱き締めたかった、処女のからだの匂いを鼻腔一杯に嗅ぎたかった…。
　それでわたしは、中腰のまま、彼女の腰に手をやり…。
　ゆっくりとながら、彼女に腰を降ろさせた。
　今度は、彼女の背中に左手を、肩に右手をやって、頭が枕の位置に来るように、ゆっくりと仰向けに寝かせる。
　わたしは彼女の横に添い寝をした。
　左肘を立て、横向きながら上半身を起こした。
　彼女の顔がわたしの顔の下にあった…。
　彼女の目がおびえている。
　でも、わたしは、もう彼女を逃がしたくなかった。
　わたしは、怖い顔をしていたのかもしれない。
　目の端が狼のように釣り上がって…。
　しかし、わたしは心を落ち着かせ、彼女の黒髪をゆっくりと撫でた。
　そして、今度は、手の平で、彼女の頬をやさしく撫でた。
　彼女が大きな目を見開いて、わたしの目を見ている。
　わたしは、まぶたの上に指先を置いて、彼女の目を閉じさせた。
　その閉じさせた、彼女のまぶたの皮膚がピクピクと動いていて…。
　彼女の不安感が、わたしの胸にも伝わってくるようで…。
　でも、わたしは、彼女のからだが欲しかった。
　それで、甘い声で囁いた…。
「わたしは、何も悪いことはしない。ただ、君のことが好きなだけなのだ…」

　悪いことはしてはならない。彼女はまだ子どもなのだから。
　でも、悪いことではない、決して…。キスをすることは…。
　わたしが好きな気持ちを伝える手段なのだ、キスは。
　不道徳な行為ではない。
　わたしは、わたしの気持ちを伝えるためにキスをするのだ。
　優しいキスをして、わたしの胸の内にある優しい気持ちを表現したいのだ。

　わたしは、覆いかぶさるように、上半身を傾けつつ、閉じた唇を彼女のやはり閉じられたくちびるにそっと重ねていった。
　ちょっと重ね、くっつけているだけなのに、彼女のくちびるの感触はやわらかく、いい匂いがして最高だった。
　それに、彼女の顔全体から湧き上がる匂いが、わたしの頭味噌を官能的に刺激する…。
　化粧のにおいが混じっているのだろうか。いや、それは、まさしく若い女の匂いだった。そして、またそれは処女の匂いでもある。

　わたしは、彼女のからだの右横で、左肘を立てていた。そして、彼女の左横では、右腕をしっかりと突っぱねていた。
　わたしは、彼女にわたしの体重をかけないようにしていたのだ。
　そんな不自由な姿勢ながら、わたしは、彼女の柔らかくも固いくちびるをしっかりと堪能していた。

　吸ったかと思うと、わたしはわたしの唇で、彼女のくちびるを撫でた。
　そして、わたしは舌を出して、舌先で、彼女の上下の口唇をなぞるようにして舐めた。
　彼女の口の中から液体がにじみ出る。
　わたしはそれを夢中で吸っていた。

　彼女が、「うっ、うううっ」と呻き声を発する。
　顔を一時離す。
　見ると、彼女のくちびるが半分も開かれていた。
　彼女の白い歯が見える。
　そして、彼女の上くちびると下くちびるの間から、もわぁっと口臭が湧きのぼってくる気がした。
　それは、スコール（＝にわか雨）を浴びた南国の木の実のように、やや湿っぽいながらも芳しい匂いだった。
　わたしは、その匂いに引き寄せられるように、唇を細めつつ彼女の半開きのくちびるの中に入れ込む。
　そして、今度はわたしの唇を大きく開けつつ、彼女のくちびるを大きく押し広げていく。
　わたしの唇が、彼女の歯に当たる。
　そしてわたしは、唇で彼女の歯茎を刺激した。
　すると、彼女が口を開く。
　わたしは夢中で、顔を押しつけ、口を彼女の口の奥深くへ埋め込む。
　そして、今度は顔を上げつつ、彼女のくちびるを吸い上げた。
「あっ、うっ、うううっ、ああっ、あぁ……っ」
　彼女が、顎を上げ、舌を突き出してくる。
　わたしは、彼女の舌に自分の舌をからめる。
「うっ、むっ、むむむっ」
　彼女がうめき声を漏らす。
　それなのに、わたしは蠢く彼女の舌を夢中で吸っていた…。

　わたしは、わたしがもう完全に仰向けの彼女のからだの上に覆いかぶさっているのを知った。
（重いだろうな）
　と思った。
　でも、そんな思いとは裏腹に、上から彼女をぎゅっと抱きしめ、ディープ・キスを続けていた…。

　と、下半身がうずいていることに気がついた。
　わたしは、彼女の股間に、わたしの股間を押し付けていく。
　もう、股間のペニス（陰茎）は痛いほどにイレクト（勃起）していた。

「うっ、うーん…」
　彼女がのけぞり、うめく。
（痛いのだろうか？）
　わたしは、両肘を布団の上につくような形にして、わたしの体重を支えた。
　いや、上半身は上げつつも、下半身のみは彼女の股間に押しつけたのだ。彼女にしてみれば、下半身が重くて痛かったのかもしれない…。

「大丈夫？」
　わたしは声を掛けた。
「・・・」
　彼女が目を開けた。
　がすぐに目を閉じた。
　そして、「いいえ」とでも言いたげに、頭を左右に振っている。
　その仕草が、かわいかった。
　しかも、わたしのからだの下から、彼女は逃げようとしないのだ。
　わたしは、わたしの股間のモノが再びイレクトしていくのを感じた。
　そして、ふたたび、わたしは彼女に覆いかぶさるようにして、くちびるを奪っていく…。
　くちびると唇を重ねると、彼女がムギュムギュとくちびるを動かしてきた。
　わかるのだ、そのくちびるの蠢きで。彼女が決してわたしの性的なわるさを嫌がっていないということが。
　彼女の反応が、わたしはうれしかった…。

　彼女の、ムギュムギュと動く、くちびるを楽しみながら、わたしは、彦乃のことを思い出していた。
　あの頃、わたしは３０歳で。彦乃は１２歳年下の１８歳だった…。
　彦乃は、大きな瞳で、下から眺めるようにしてわたしの目を見ていた…。

　何回か、彦乃はお店にやってきた。
　わたしは、彦乃におそるおそる近づき、声を掛けたのだった。
　彦乃は画家を志していた。
　わたしが絵の指導を申し出ると、本当にうれしそうな顔をしてくれた…。
　わたしは、実際のところ、彦乃の対して熱心に絵の描き方を指導していたと思う。
　邪心はなかった。わたしはあの頃、他万喜（たまき）と結婚していたのだ…。彦乃のことは愛弟子と思い、年の離れた妹だと思っていた…。
　でも、彦乃は、わたしが一生懸命デザイン理論を言い聞かせているというのに…。
　彦乃はまっすぐにわたしの目を見つめて。あれはしかたがなかったと思う。彦乃に、うるんだ瞳で見つめられて。心臓がパクパクしてきて。それが口から飛び出しそうになって。そんなこと医学的に起こりそうもないことなのに、もし、そうなったらどうしようかと思って。
　しかし、ともかく、わたしは３０歳にもなって、若い女に心を奪われ、何と言うことかとおのれを恥じ、顔を赤らめてしまっていた。わたしは恥ずかしくて顔を伏せて。そして、心臓の高鳴りを悟られまいと、じっと耐えていたのに。それなのに、彦乃の顔を近づけてきて。
『先生、どうなさったの？』
『どうもしないさ』
『でも、何か、熱があるみたい…』
『君のせいだよ』
『えっ？』
『僕は、君に一生懸命、教えているというのに…』
『・・・』
『僕は、君に立派な絵描きになって欲しいんだ。だから一生懸命に基本的な技術を…。僕が君にできることは、ただ、それだけ……』
　あのとき、本当に、彦乃はしょげてしまって。
　それで、わたしは、彦乃を元気づけようと、ちょっと、彦乃の肩に手を置いただけなのに。
　彦乃が急に、顔を挙げてきて。
　その目が、何かを訴えるように潤んで…。
　彦乃の赤いくちびるが半開きになり…。
　彦乃の匂いが迫ってきた…。
　わたしは目の前が真っ暗になって、もう何も見えなくなった…。
　でも、わたしは本能的に彦乃の肩を抱き寄せ、彦乃のくちびるに唇を重ねていた…。
　わたしが不謹慎なことをしているというのに、あのとき、彦乃は、クンクンとまるで子犬が鼻を鳴らして飼い主に甘えてくるように、取りすがってきた…。
　彦乃は安心して、わたしに寄り添ってきただけなのに。それなのに、わたしは…。彦乃のバージン（処女膜）を奪ってしまったのだ。

　わたしは、彦乃を不幸にしてきたように、また、目の前の、この彼女を不幸にするのではあるまいか？
　わたしは彼女にキスをしながら、そんなことを考えていた…。
（彼女には、これから先、きっといい人に巡りあえる時が来るにちがいない。彼女のためにバージンだけは守ってあげなくては…）
　わたしは、熱い肉棒を彼女のクレバス（膣）の中に、挿（さ）し入れかった…。
　彼女の中に乳白色のものを吐き出したら、さぞかし気持ちがいいことだろう。
　でも、彼女の将来のことを考えると…。

　わたしは、頭の中では迷っていた、確かに。しかしながら、しっかりと下腹部を彼女の股間にくっつけていたのだ。
　ズボンを穿いている。パンツだって。
　それにもかかわらず、こうして下半身をくっつけているだけで、気持ちがよかった。
　
　彼女が腰を揺れ動かす。
（重いのだろうか？）
　でも、わたし自身としては、股間のペニスが刺激されて、気持ちがいいのだ。
　もう、わたしのペニスの先からは先走りの透明な液がにじみ出ているらしい。パンツが濡れているのがわかるのだ、わたしには。
　入れたかった。
　でも、入れるわけには行かない。
　入れたら、きっと処女膜を破ることになる。

　わたしは動かずに、じっと放出感を抑えるべく、耐えていた。
　でも、彼女がもぞもぞと腰を動かすのだ。その刺激がわたしの放出したいという欲望を刺激する。
　わたしは、彼女のくちびるから自分の唇を離し、顔を挙げて言った。
「ねぇ、じっとしていてくれない？」
「・・・」
　彼女は、目を開けない。
　でも彼女の顔は紅潮していた。
　とてもかわいかった。彼女のくちびるが濡れていて、とてもセクシーだった。わたしのペニスがその濡れたくちびるに、ビックンと反応する。
　このまま下半身を強く押し当てたら、このまま射精しそうであった。
　わたしは、もうあきらめていた、彼女の中にペニスを入れ込むことは。
　でも、いっぱい、いっぱい出したかった、彼女の上に乗っかって…。
　好きな女を抱きしめながら放出することが、どんなに気持ちいいことか！
　
　わたしは彼女がじっと目を瞑っているのをいいことに、立ち上がっていった。
　そして、日本間の隅に置いてある小机のところに行く。その引き出しを開けて、ちり紙を出した。
　ズボンのベルトをゆるめ、ちり紙を股間のパンツの中に差し入れていく。
　そして、そのちり紙を、何枚も、イレクトし天を仰いでいるペニスの亀頭部に宛がう…。
　わたしは再び、彼女の許に戻って行った。
　わたしは、静かに、彼女のからだの上に、わたしの体を重ねて行く…。
（つづく）

（注）この小説を書くにあたって、下記の図書を参考としましたので、あらかじめおことわりしておきます。
「〈評伝〉竹久夢二」　三田英彬（ひであき）　著　　芸術新聞社　刊
「竹久夢二　　恋の言葉　　」　　石川桂子　編　　　河出書房新社　刊
「竹久夢二　−美と愛への憧憬に生きた漂泊の画人−」　石川桂子・谷口朋子　著　　六耀社　刊
「竹久夢二　−大正モダン・デザインブック−」　石川桂子・谷口朋子　著　　河出書房新社　刊
「明治・大正　家庭史年表　下川耿史　家庭総合研究会　編　河出書房新社　刊
「夢二抄　山の巻　◎絵と画論」　　　品川洋子　　編　　グラフィック社　刊