１　ネットで知り合った女

　わたしは、しがない弁護士だった。
　一応、事務所は開いているのだが、めったにお客はやって来ない。
　わたしは、弁護士でありながら、弁護士としての仕事がなく、ひまに任せて、税理士や経営経理士、司法書士、行政書士の資格を取り、どちらかといえば、経営経理士のような仕事で小銭を稼ぎ、生きていた。
　例えば、中小企業の社長がやって来る。彼らのために、融資申請の書類を書いてやり、信用保証協会に行ったり、府庁の経営支援課に行ったりして、融資が受けられるようにしてやるのだ。そして、府庁、商工会議所や市中銀行などから資金が出るようになると、彼らからわずかばかりの謝礼を受け取ることができるのだった。

　ある日、わたしは、ひとりの訪問者を得ていた。
　年（とし）は、５０歳代であろうか。身なりはきちんとしている。紳士風の人だった。
　彼が名刺を出す。見ると、肩書きがない。いや、肩書きの箇所が黒く塗りつぶされているのだ。
　名前と住所と電話番号のみが見える。
　名前は、中務雄一郎とある。
　住まいは、隣りの県のＫ市であった。
「何か、わたくしにできるようなことでも…」
「はい、お願いごとがあります」
「承りましょうか」
「実は、わたしの息子が、殺人事件を起こしまして」
「ええっ、そうなんですか。それはご心配ですね」
「付き合っていた女の子を包丁で刺し殺してしまいまして。相手のご両親には何と言っておわびをしていいのか、皆目、見当もつかないのです。しかし、わたしも、甘いと言われようと、人の子の親なのです。罪は罪として、どんな償いもさせますが。ともかく、今は、法定の弁護士のほか、あなた様にも息子の弁護をしていただきたいと思いまして…」
「そうでしたか。しかし、どうして、わたしのような者を」
「実はわたくしも、この前までは弁護士のはしくれだったのです。ですから、Ｈ県の弁護士会などを通じて、先生のおうわさはうかがっていたのです」
「どうせ、わるいうわさしか…」
「いいえ、そんなことはありません。たいていの弁護士は、黒であっても、白であると言いくるめようとします。ともかく、黒であるという証拠には一切触れず、白であるという証拠を並びたてて、検察側と対峙しようとします。検察側に勝てば、それが報酬につながりますから。しかし、先生はそうではないと伺いました。まず、灰色の部分に目をつけ、灰色の部分から真実を見極めようとなさると」
「あまり、いい方法ではありませんがね」
「確かに、灰色のところを突き詰めていけば、真実に近づき、反って、弁護をしている被告側の不利な状況が、あぶり出されることになるかもしれない。でも、わたくしとしては、それでよいのです。息子にも、絶対に許されないところがあったはずです。そこは、自ら反省をさせ、相手の女の人のご両親にも謝罪をさせなくてはなりません。息子の弁護をし、息子の罪を少しでも軽くしていただきたい、確かに、本音としてはそうなのです。しかし、わたくしは、先生に、息子と面談をしていただき、正直な息子の気持ちを聞いていただきたいのです。そして、それがそのまま、息子の罪の重さ、判決の重さになっても、それはそれで一向に構わないのですから…」
「そうですか。あなた様としては、息子さんの弁護というよりむしろ、息子さんの心の奥底がお知りになりたいのですね」
「ええ、おっしゃるとおりです」

　目の前の紳士の目は真剣であった。
　わたしは迷っていた。
　果たして、真実を探ることができるだろうか、と。
　その息子さんというのは、たぶん、２０歳代。わたしは、４８歳になる。歳（とし）はふたまわり以上もちがうのだ。果たして、彼がわたしに真実を語ってくれるだろうか。

「どうか、お願いいたします」
　目の前の紳士が頭を下げている。
　すでに、白髪が目立っていた。
　と、テーブルを見る。
　テーブルの上には、小切手が置かれていた。
　わたしは、すばやく金額を読み取ろうとしていた。
「一金１，０００，０００円也」
最初の手付金としては多すぎる金額であった。
　目の前の紳士の並々ならぬ気持ちが現れている。
　わたしは、真実が見極められなかったら、このお金は返そうと思った。
　市内の中小企業の経営者たちから、けっこう、資金繰りなどで、わたしは頼りにされている。今、それほどお金に困っているというわけでもないのだ。

「わかりました。お引き受けいたしましょう。しかし、真実のうち、８０％以上が解明できたと、わたしが自負できたのなら、謝礼は十分いただきましょう。しかし、７９％以下だと、謝礼の一部はお返しすることになります。むろん、８０％以上の成果なのか、７９％以下のそれなのかは、わたしの判断であって、依頼主であるあなた様の判断ではありませんが…。そういうことをあらかじめご了解くださるのなら、お引き受けさせていただいても構いませんが…」
「けっこうです。わたくしは、ただ、息子の心情が知りたいのです。それによって、相手のご両親にも、本当の意味で、謝罪ができますし、もし、いかなる真実があったとしても、息子とともに、わたくしも一緒に罪の償いをしていきたいのです」
「えっ！。ひょっとして、あなた様は弁護士をお辞めになったのですか！？」
「はい」

（どうして、そんなもったいないことを。息子は息子ではないか。たぶん、この人は、年齢的には、５３，４というところだろう。人生８０年の時代、まだ先があるのに。この先、収入の道が断たれ、一体、どうなさるつもりなんだろうか？）
　わたしは、そう思った。が、口にはしなかった。
　お金ではないのだ。お金があっても、刑務所に息子がいる限り、父親としての苦しみが癒されることはないだろう。
　それに、お金をもうけて、それを被害者の両親の許に差し出すといっても…。
　たぶん、殺された女の子のご両親にしろ、いくら謝罪のためにと、たくさんのお金を積まれたところで、娘が帰ってくるわけではなく、完全には心は癒されないだろう、死ぬまで…。
　
　かつて弁護士をされていたという紳士が、丁寧に頭を下げて、事務所を出て行かれた。
　わたしは、その人が置いていかれた新聞記事の切り抜きを見ていた。

　息子というのは、２２歳であった。大学の４回生。そして、相手の女というのは、１９歳で、コンピューターの専門学校に通っていた。
　彼らは、どうやら、付き合いがあったようだ。
　彼らは、夜、市内の公園で会っていたらしい。
　そこで、口論になった。
　男は、持っていた包丁で、まず女の子の腹を刺した。そして、次に胸を。
　男は、いったん、自分のマンションに帰ったらしい。包丁が新聞紙に包んで押入れの奥に隠してあったのだ。それから着替えをして、男は電車やタクシーを乗り継ぎ。府と隣の県の境に当たる山中で首吊り自殺を図る。しかし、失敗に終り、近くの派出所に出頭したらしい。

　わたしは、ともかく、その息子に会ってみることにした。
　そして、その息子から、色々と話を聞いてみたいと思った。

　わたしは、面会を申し込み、格子越しにではあったが、彼、中務信也と面談をすることができた。
　よく似ていた、父親に。特に、目の辺りが。
　やはり、血は争えぬなと、わたしは思った。
　以下は、徐々にわたしに心を開いてくれた、中務信也の告白である。

　―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

　わたしは、父のように弁護士になるつもりでした。
　もっとも、父は、わたしに、検事になることを勧めていたのですが。
　わたしは、中学校の頃から、大学の法学部に行き、そして、在学中に司法試験に合格する、という希望を持っていました。
　ただ、今から思うと、それがとても重圧になっていたと思います。高校、大学と、司法試験のことばかりが頭の中にあって。それを忘れようと、大学に入り、両親の許を離れると、ネットに嵌まってしまったような気がします。

　小学校５年の時から塾に通っていました。
　私立の中学を受験するために。
　私立中学校に入ってからも、塾に通っていました。
　でも、そこは、中高一貫の私学でしたから、高校入試はなくて、高校に入るときは多少楽でした。
　高校のときは、塾には通っていませんでしたが、特進クラスにいて、予習・復習や模擬試験の勉強に集中していました。国立のＯ大をめざしていたのです。というのも、しょっちゅう、父に言われていたのです、『旧帝大（帝国大学）に入らなくてはだめだ。そうでないと、大学で民事や刑事訴訟法の勉強ができないんだ。そういう手続法をやらなくては司法試験の合格はおぼつかない』と。
　そして一応、現役で、Ｏ大の法学部に合格しました。
　無理をすれば自宅からＯ大に通えなくもなかったのですが、司法試験の勉強をする、ということで、Ｏ市内でしかも大学の近くのマンションに部屋を借りることになったのです。

　大学に入って、１，２年生までは、成績はよかったのですが。
　憲法、民法、刑法、商法、労働法などなど。単位認定は、うちの大学は、Ａ，Ｂ，Ｃ，Ｄ，Ｅの５段階評定です。「Ａ」というのは、ペーパーにしろ、レポートにしろ、１００点満点の９０点以上でもらえる単位認定の表示方法でしたが。法律関係の専門科目は、ほとんどが「Ａ」だったのです。ともかく、３年生までのところで必要な単位は全部取り、４年生になったら、卒論と司法試験の受験勉強に集中しようと、あの頃は、考えていたようです。
　しかし、２年生の後期の頃になって、何だか、急に、大学の授業がおもしろくなくなってきたのです。
　民法の総則、物権法、債権法、親族法・相続法とあんなにおもしろかったのに。民事訴訟法になると、とても複雑になってきて。とても面倒な手続きが書いてあって。暗記をしていくのが、大変になってきたのです。ノートに書いて覚えなくては。でも、そういう気力が湧いてこないのです。
　１年の時にやった刑法も、面白かったのに。それなのに刑事訴訟法という法手続になると、まるっきり、その講義を聴くのが退屈になってきたのです。興味が薄らいでいったというか。
　裁判って、すごく時間と手間をかけるものだということがわかってきました。それで、反って闘志でも湧けばよかったのでしょうが、わたしには、まどろっこしくて、退屈に思えてきたのです。
　そして、もう司法試験を受けるのはあきらめて、公務員試験でも受けようかという気にもなりました。ですから、２年の後期には、経済原論や経済史、経済政策の授業にも出るようになっていたのです。しかし、そういう経済の授業を聴いていても、専門の法律の授業を聴いていても、中味が頭の中に入ってこなくなりました。
　そして、授業をさぼり、昼間からインターネット喫茶に入り込むようになりました。夜は夜で、自分のワンルーム・マンションの部屋で、パソコンに夢中になりました。

　わたしは、ネットで、あるＨＰ（ホームページ）に行き当たりました。
　多胡摩耶という女が開設していたＨＰなのです。
　彼女は高校を出たばかり。今は、コンピューター関係の専門学校に通っているらしくて。自分で、自分のヌード写真を撮るのが趣味らしいのです、そしてその写真をネットに載せていたのです。
　たいていのＨＰにおいては、顔写真が隠されています。
　摩耶もそうでした。
　しかし、目から上の方が隠されていても、なぜか、摩耶の顔写真には心惹かれるものがあったのです。それに、ともかく、摩耶の全身を写した裸身像はとてもすばらしいものがありました。
　それに、わたしは一人っ子でした。昔から、妹が欲しくて。だから、年下の摩耶が、妹であったらいいなと思いました。そして妹として、摩耶と色々な話ができればいいなと思いはじめました。

　そのＨＰには、摩耶のメールアドレスがあって。
　わたしは、興味半分に、そのアドレスにメールをしました。
　やがて、パソコンに返信があって。
　彼女から、彼女のファンクラブに入るよう誘われたのです。
　会員になれば、彼女のヌード写真が週１回のペースで、メールで送られてくるということでした。会費は、ひと月４，０００円。
　わたしは、さっそく、都市銀行の窓口に行きました。
　窓口にて、現金を出し、メールで送られてきた、彼女の銀行口座に、会費を振り込んだのです。

　会費を振り込んでから、一週間が過ぎて。
　彼女から、わたしのパソコンにメールが入ってきて。添付ファイルを開くと。
　彼女の生の顔が現れてきました。
　もう、目隠しはありません、顔全体がすべて写し出されていました。
　わたしが想像していた以上に、彼女はセックスアピールのする顔つきをしていました。
　目が鋭く、小鼻が引き締まり、うごめくように生き生きとしていて、肉感的な唇をしていました。
　そして、クリックすると、次に、彼女の全裸の写真が。
　とても均整の取れたからだでした。おっぱいも、ヒップも平均より大きいようにわたしには思えました。
　そして、彼女の股間の草叢に、わたしは、股間のモノをピーンとイレクトさせていたのです。
　わたしは、気がつくと、狭い板の間の部屋に敷布団を敷いていました。
　そばに、机の上に置いていたパソコンを板の間に降ろして。
　パソコンのデイスプレイをずっと後ろに寝かせ、それが床に着くまで、１８０度までいっぱいに開いたのです。パソコンの画面を真上から見ることができるように。
　目の下には、摩耶の全裸があり、摩耶の股間には、草叢がありました。
　
　わたしは、掛け布団を丸めて、ズボンを脱ぎ、パンツ一丁のまま、その上にのしかかりました、まるで、布団を摩耶のからだにするかのように…。
　パソコンの画面には、彼女の全裸の写真が映し出されています。
　わたしは、それを見ながら、布団をしっかりと抱きしめました。そして、しっかりと下半身を布団に押し付けて。それから、腰を上下に動かしました。
　わたしが腰を上下させるたびに、写真の彼女が苦しそうに呻くのです。目を瞑り、その顔を想像したとき、わたしは、パンツの中に、したたかに、白い淫液を吐き出していたのです。
　そして、あくる日は、大学の帰り、パンツが汚れるのがいやで、ドラッグストアからコンドームを買って帰りました。
　夕食も摂りません。
　マンションに帰るとすぐ、敷布団を部屋に敷き、パソコンを床に置いて、開きます。
　布団の上に仰向けになります。彼女の全裸のフォット（写真）を横目で見ながら、股間のペニスを勃起させます。そして、コンドームをつけます。あとは、指でコンドームの付いたペニスをしごきます。目を瞑ると、摩耶が上にのしかかってきたような気がします。わたしは思わず腰を突き上げていました。すると、わたしは、また、ドックンドックン、ドクドクドク――ッと、したたかに精液を打ち放っていたのです。

　それからというもの、１週間が待ち遠しくて。
　そして、彼女は、わたしの期待に違わず、素敵な全裸のフォットを送ってくれていました。
　お尻の方から撮った写真もありました。
　そんなときは、わたしは、丸めた布団を抱きしめ、まるで、バックから摩耶を犯しているような気になって、激しく腰を使い、胸を反らして摩耶のヴァギナに精を何度となく放っていました。

　１カ月が過ぎました。
　わたしは、すっかり、彼女をオナペットしてしまったようです。
　ある日、パソコンに、彼女から毎月の会費の督促のメールが入りました。
　わたしは、あわてて都銀のキャッシュサービスコーナーに行きました。そして、わたしの口座から、彼女の口座に、会費４，０００円を振り込んだのです。
　
　と、４回目の会費を振り込んで、まもなくの頃だったと思います。
　彼女から、『撮影会に参加しない？』という誘いのメールをもらったのです。
　あんなカッコいい彼女と、面と向かえる勇気はありません。わたしは、メールでその誘いをことわりました。
　と、また、彼女からメールが入って。
『あなた、Ｏ市内に住んでいるんでしょ。撮影会は、Ｏ市内でやることにしているの。だから、是非参加して』
　わたしは、なぜ彼女がわたしの住所まで知っているのか、わかりませんでした。でも、ひょっとして、銀行口座で振り込みしたとき、わたしの口座の銀行の支店名も送信され、それで彼女は、わたしの住所がわかったのかもしれないと思いました。

　わたしは、メールで聞きました。
「何人くらい来るンですか？」
　彼女から返信が来ます。
「今、５人」
　わたしは、少ないなと思いました。撮影会に、全部で２，３０人も来れば、サングラスでもかけていけば、彼女に見つからないだろうに、と思っていました。５人ではいかにも少なすぎます。すぐに顔と名前が一致してしまうでしょう。
　わたしは、メールでことわりました。

　しかし、彼女からは、またメールが来たのです。
　撮影会まであと１週間。あと３人は集めたいとのことでした。そして、メールには『参加費は、普通は１０，０００円だけれど、あなたは特別に７，０００円でいいから是非参加して欲しい』とあったのです。
　わたしの口座にはお金がありました。毎月、父親から、生活費と学費がきちんと振り込まれていて、確かにインターネット喫茶には行きましたが、旅行に行くとか、居酒屋に行って飲むとか、ゲーセンやパチンコ店で大金をつぎ込むとか、あまり大きなお金は使わなかったので、月々の送金分が口座に余り、貯まっていたのです。
　しかし、パソコンの周辺機器として、ちょっとしたデジカメしか、持っていませんでした。
　で、彼女にまた、メールをしたのです。
「僕は、一眼レフ（レフレックス・カメラ）も持っていないから、やはり、今回は辞退します」と。
　しかし、彼女から、「デジカメで十分よ」と返信がありました。

　わたしは、首をかしげていました。彼女は、立派な裸身をしていました。そういうものをデジカメなんかで写されて、プライドが傷つかないのだろうかと思ったのです。
　しかし、彼女だって、撮影会を盛り上げたいのかもしれないと、わたしは思い直しました。撮影会に出て、僕が彼女の熱心なファンであることを見せつけ、彼女の関心をひきつけることができるなら、参加費の８，０００円なんて安いと思いました。
　彼女に会って、あいさつして、２，３枚写真を撮れば、それでいいや、と思うようになりました。しかしともかく、サングラスだけはかけていこうと思いました。

「ちょっとだけ、顔を出してもいいかな？」
　わたしは、摩耶の関心を得ようと、メールを打ったのです。
「うれしいわ」
　摩耶からすぐに返信がありました。そして、摩耶からは、あらかじめ参加費を自分の口座宛に、振り込んで欲しいというメールがあったのです。
　わたしは、さっそく参加費の７，０００円を振り込みました。
　あくる日、振込みを確認したという摩耶からのメールが、届きました。
　そして、そのメールには添付ファイルがついていて、わたしはそれを開いたのです。
　そこには、撮影会の日時と場所が書かれていました。
　場所は、公園だとか、海岸とかだと思っていたのに。なんと、市内のホテルの一室のようでした。
　なぜか、わたしはいやな気がしてきました。
　ヌード写真って、もっと太陽の下で、健康的なところで撮るものじゃないだろうか。何でホテルの一室なんかで、と思いました。何か、陰湿な感じがしたのです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）