１　大学の研究室の中で

「わたしゃ、朝ごはんを食べたかいね？」
　母が僕に聞いて来る。
　冗談を言っている顔ではない。
　真面目な顔である。

　今朝、僕は、母が『和食が食べたい』というので、ご飯を炊き、豆腐と若芽の味噌汁をつくり、ししゃもをガス・レンジで焼いて、食べさせたのだ。
　しかし、母の記憶は３０分と持たない…。
　昔のことは、よく覚えいるというのに、さっき僕が言ったことはすぐに忘れる。

　僕とすれば、今朝も、けっこう一生懸命に、朝食づくりをしたつもりだった。
　しかし、その努力が、母の無造作とも思える一言で、吹っ飛んでしまっていた…。
　
　今日は土曜日。
　大学は休みというのに、僕は大学に出かけていく…。

　大学へはバスで３０分かかる。
　しかし、土曜日は、マイカー通勤者が減るせいか、バスは２０分ばかりで「鶴が丘大学前」に着いた。

　大学の校門を入ってすぐ左手に、守衛室がある。
　窓口においてある『入・退出者カード』に、僕は、自分の名前と入った時間と要件とを書き込む。
　校門からまっすぐに、５０ｍくらい進む。
　それから右に曲がる。
　１００ｍくらいまっすぐに進む。
　右手に、国際文化学部棟がある。
　かなり古い建物だ。
　ここは、かつては文学部棟だったらしい。

　カードを差し込み、玄関の中に入る。
　エレベーターに乗る。
　国際文化学部言語学科の研究室は５階にあった。

　僕は、カードを差し込み自分の研究室に入った。
　狭い部屋だ。
　書棚があるせいかもしれないが。
　しかし、ここは自分の城。
　やはり、落ち着く。

　少し寒かった。
　それで僕はエアコンをつけた。
　２６度に設定した。

　コーヒーメーカーで、コーヒーをいれる。

　逃避かもしれない。
　が、一日中、母とマンションの一室にいるのは気詰まりなのだ。

　母は、７０歳になる。
　がしかし、すでに、海馬という脳が萎縮しはじめ、認知症になっていた。
　アルツハイマー型の認知症で、今、アリセプトＤ錠という薬を飲んでいる。
　記憶障害の症状の進行を、少しでも遅らせる効果があるようだ。

　父は４年前に亡くなった。
　今、僕は、大学の講師をしているが、今、こうしてあるのは、父と母のおかげであった。
　
　通常であれば、２２歳で大学を卒業、２４歳で修士課程を修了、２７歳で博士課程を修了、そして、大学の講師として採用されるということになる。
　がしかし、僕は、博士課程は卒業したけれど、講師としての職がなく、同級生に遅れること４年、すなわち３１歳でやっと、私立鶴が丘大学の講師に採用されたのだった。

　その就職浪人中、確かに、僕は、大学予備校、福祉の専門学校、私立の女子短期大学で臨時というか、時間講師の仕事はやっていた。
　しかし、その報酬は、わずかなものだった。
　だから、父と母の家から通い、家賃と食費を、お世話になったものだった…。

　鶴が丘大学から採用通知を受け取った日、父は入院した。
　肝臓ガンだった。
　手術をした。
　しかし、退院後、わずか３カ月で亡くなってしまった…。
　
　父の建てた家を売り、そのお金で、母とともに鶴が丘大学のある、このＴ市に引っ越して来たのだった。
　せめて、亡くなった父の代わりに、母親の面倒をみなくてはならないのに…。
　僕は３５歳になったというのに、まだ結婚をする気にもならず、気ままな生活を送り暮らしている。

　母は精神的な病気なのだ。
　だから、気持ちを大きく持って、母の愚痴をたまにはじっくり聞いてやらなくてはいけない、そう思っていた時、ケータイが鳴った。

「もしもし」
「山岸です」

「ああ、君か」
「今、何をしているの？」

「逃避」
「えっ？」

「つまり、認知症の母親から逃げて、研究室にいる」
「まぁっ、そうなの」

「だから、何もしていない」
「わたしも、ひまなの」

「コーヒーでも飲みに来る？」
「いいの？」

「いいよ」
「じゃ、そちらに行くわ」

　研究室のドアがノックされた。
　たぶん、山岸夏希だろう。
　彼女は、ご主人と、この大学のすぐ近くのマンションに住んでいる。

　僕は、彼女を部屋の中に招き入れていた。
　僕は、彼女のために、折りたたみの椅子を開き、勧めた。
　彼女が椅子に座る。
　僕も、もうひとつ折りたたみ椅子を持って来て、それに腰掛けた。

「コーヒー、飲むかい？」
「ええ、いただくわ」

「ご主人をひとりにしておいて、大丈夫なの？」
「ええ。彼は、今、眠っているわ」
「それは、薬のせい？」
「ええ、そうみたい…」

　彼女の夫は、コンピューター会社に勤める、システム・エンジニアだった。
　しかし、仕事に打ち込みすぎたせいか、うつ病に罹り、１年の休職のあと、会社を辞め、今は雇用保険をもらって自宅療養中らしい。

　彼女は、Ｋ国立大学（今は独立行政法人）の修士課程を出て、高校の英語教師をしていたらしいが、その仕事を辞め、今は、出身のＫ大学の博士課程に入り直し、英文学に関する博士論文を書いているらしい。
　そして、アルバイトとして、この鶴が丘大学で、英語の時間講師をやっているのだった。

「おいしいわね、このコーヒー」
「ああ、ありがとう」

「おかあさまの具合は？」
「変わらないね。が、まぁ、これ以上、良くはならないみたいだね」
　僕は、彼女には、よく母親のことを話す。
　彼女も僕に、ご主人の病気のことを話してくれる。

「回復のきざしはないの？」
「今のところはね。ただ、だんだん悪くなっているような気がする。薬も飲んだり、飲まなかったりで」

「どうして？。あなたが薬の管理をしてあげればいいでしょ」
「ああ、そうだろうね。だが、いつもいつもは、面倒を見切れないんだよ。僕だって、大学の授業があるわけだからさ…」

「そうね」
「で、何か、話でもあるの？」

「ううん、別に…」
「ああ、そうなんだ。だったら、ゆっくりしていったら、いいよ」

　しかし、そうは言っても、彼女とふたりっきりというのは、気詰まりなのだ。

　彼女は、まだ２８歳だった。
　僕より７つも年下だ。
　彼女は色白で、とても美人だった。
　からだはほっそりとして痩せているが、とても均整が取れていた。

　いくら彼女が結婚しているとはいえ、彼女に女を意識するなという方が無理ではないだろうか。
　で、僕は気を紛らわすために、席を立とうとしていた。
　何か本を探し、その本の世界に逃げようとしたのかもしれない…。

「ねぇ、あなた。あなたはどうしているの？」
「なに？」
　席を立ちかけていた僕は、もう一度、椅子に座り直した。

「あれ、あれよ」
「なに？」

「馬鹿ねぇ、気がついてよ」
「ああ、あれっ。ひょっとして、アレのこと？」
「そうよ」

　実は、僕の友人の山之上隆志と、僕と、彼女の３人で、たまにお酒を飲みに行くことがあるのだ。
　３人とも、何かしら、挫折を味わっている。
　だから互いに惹かれあうものがあるのかもしれない…。

　山之上は、国際文化学部の国際歴史学科の講師で、今３７歳。
　この大学にやってくる前に、彼も回り道をしていた。
　修士課程を出たのに、大学受験の予備校で、日本史や世界史を教えていた。
　そんなことをしながら、何年もかかって国際関係論に関する博士論文を書いたらしい。

　そんな３人での飲み会のとき、山之上はよく下ネタの話をする。
　しかし、そんな時でも、彼女は、決していやな顔をしなかった。
　それに、山之上が自分と奥さんとのセックスの話を持ち出す時も、彼女はあまり抵抗がないみたいで、むしろ、他人様の閨房（寝室）のことなのに、山之上に根掘り葉掘り聞くのだった…。

「まぁ、たまには、自分で処理するよ、適当にね」
「自分の手で？」

「ああ」
「もったいない！」

「しかし、フーゾクで処理するより、いいんじゃない？」
「どうして？」

「フーゾクだと、お金がかかるだろ」
「いいじゃない」

「もったいないよ。それだけのお金があれば、本代にしたいよ、僕は」
「意外に、ケチくさいのね」

　『ケチくさい男』と言われ、僕は苦笑していた。
　実際、講師として正式採用になったのは、わずか４年前なのだ。だから給料だってまだ安い。それに、教授や准教授に比べ、研究費の配分額だってずっと少ない。
　父親の建てた家を売って入ったお金が、まだ少し残っているのと、母に父親の遺族年金が入ってくるので、何とか母とふたりで、やっていけているのだ。

「わたし、欲求不満なの」
「えっ！」

　僕は、戸惑っていた。
（なんで、こんな話を僕にするんだろう？）

「彼が求めないの」
「薬のせいなのかな？」
「わからないわ。そんなこと、なかなか主治医の先生に聞けないし…」

「まぁ、そういうことなら、スポーツクラブかなんかに行って、エアロビクスなんかをやったらいいんじゃない？」
「どうして？」
「ああいうところって、会員になれば、ひと月、６，０００円くらいで、筋トレとか、スタジオの中で、太極拳とか、エアロとか色んなことができるって、言うからさ…」
「わたしには、そんなひまな時間はないわ」
「そんなに…」

「こう見えて、わたし、色々なバイト、しているの」
「ああ、そうなのか…」

「今日も、これから、医学部受験の高校生に、英語の個人レッスンをして行かなくてはならないの…」
「それは大変だね」

「お金になることなら、何でもやらなくては…」
「でも、ちゃんと博士課程を卒業して、大学の教官にならなくてはいけないよ」
「わかっているわ」
「なら、いいよ」

「たまには、止めてくれない？」
「えっ、何を？」

「例えば、今日は、バイト、休みなよ、とか」
「……」

　僕は、何と言ったらいいか、わからなかった。
　だが、多少、父親の残してくれた貯金もあった。
　彼女の、家庭教師の１日分のお手当てぐらい、払えそうな気がした。
　
　僕は、心が震えていた。
「今日は、休みなよ。『主人の具合が急に悪くなって、これから病院に連れて行かなくてならなくなりまして』とか、何とか言って、ことわったら？」
「で、どうするの？」
　僕は、頬を赤らめていた。

（『止めて』と言ったのは、そっちの方じゃないか）
　僕は心の中ではそう思っていたが…。

　僕は、心を落ち着かせながら、彼女に言った。
「ここで、コーヒーでも飲みながら、ゆっくりしていたら…」
「……」
「たまには、バイトをことわったって、向こうさん、機嫌をわるくすることはないでしょ。君はいつも一生懸命やっているんだから…」
「……」
「彼だって、たまには、英語の受験勉強、さぼりたいだろうし…」
「……」

　長い沈黙があった。

「やりたい？」
　彼女の口がちょっと半開きになっていて、くちびるが濡れていた。

「ああ」
　僕は、何となく、あいまいな返事をした。

「やってもいいわよ」
　彼女の目が濡れていて、目尻の端が、釣り上がっていた。

「ああ、そうしたいよ、君は魅力的だし」
「……」

「しかし、ご主人にわるい。しかも、ご主人は今、病気なのだ」
「……」

「お金で割り切るという手もあるかもしれない。しかし、それでは君を冒涜することになる」
「そんなこと、ないわ。わたしはただの女よ」
「いや、ちがう。君は素敵な女性だ」
「そんな、買いかぶらないで」

　僕は返答に窮していた。
　と、彼女が椅子ごと、座っている僕の方に近づいてきた。

　僕は、彼女の瞳が、さらに濡れているのに気がついた。
「僕は、わるい男だ」
　僕は悪ぶっていながら、声が震えていた。
「君が人妻だとわかっていながら、君を誘惑しようとしている」

　彼女が、あごを上げ、やや顔を上向きにしながら、目を閉じた。
　彼女の下唇は濡れており、上下に開いた上唇と下唇の間から、彼女の、真っ白い歯が見えた。
（実際に犯すわけではない。ただ、キッスをするだけだ。それだけなら、ご主人だって許してくれるだろう）
　僕は、自分勝手のことを、自分に語りかけていた。

「さぁ、おいで」
　僕は、彼女の肩に手をやり、引き寄せた。

「さぁ、僕の膝の上にまたがって…」
　彼女は恥ずかしがった。
　
　しかし、僕は、彼女を椅子ごと僕の方に引き寄せた。
　彼女は小柄なせいもあって、移動させやすかった。

　そして、僕は彼女のスカートをたくし上げ、お尻の下に手をやって、彼女を持ち上げるようにして、僕の膝の上に彼女を載せて行く。
　すると、彼女が僕の首に手を回した。
　彼女の吐息が甘かった。
　だから僕は言った。
「わるいのは僕だから、そんなに恥ずかしがらないで」

　彼女は頬を赤らめた。
　そんな彼女が可愛かった。
「いいよね、キスしても？」
　僕のペニスは、スボンの下で、すでに大きくなっていた。
　それを彼女だって、スボンやパンティの布地が間にあるとはいえ、股間の下で感じ取っているだろう。
　もはや、僕は恥ずかしがる理由がなかった。

　で、僕は、彼女の背中をしっかりと抱くようにして、キッスをした。
　すると、やがて、彼女もくちびるを徐々に開いてくれたので、僕は、自分の唇で彼女のくちびるを大きく広げつつ、彼女の舌を吸った。

　僕は、彼女にキッスをしながら、自分のジュニアがカチカチに硬くなっていくのを感じていた。しかし、この硬くなったモノを決して彼女のホールの中に入れてはいけないと思った。
　彼女には、ご主人がいるのだから。

　でも、僕は、彼女のカーディガンを取っていた。

　彼女の首筋に唇を這わせる。
「あっ、フーン…」
　甘ったるい、しかし、くすぐったそうな吐息を彼女が漏らす。

　僕は、彼女のインナーをたくし上げ、キュミソールの上から、彼女の胸やわき腹を撫で回していた。
　やがて、彼女のからだの中から、雌の匂いが立ちこめてきて、僕の理性を蕩（とろ）けさせはじめた。

　そして、僕は、あつかましくも、指を膣の中に入れるか、あるいは、舌で膣口を覆う大陰唇や小陰唇を愛撫するか、それだけならいいのではないだろうかと思いはじめていた。

　そう思うと、是非にも、彼女のヴァギナを指でいじくり、そして、彼女のクリトリスを唇でしゃぶってみたくなった。

　しかし、いきなり、クリトリスを指でさわったり、ヴァギナの中に指を突っ込んだりしたら、彼女だって精神的に抵抗感があるだろうし、肉体的にも痛いだろうと思った。

　しかし、僕は、彼女の柔らかいくちびるをわが唇に、また、彼女のくねる、やわらかなおなかの肉を手先に感じるうちに、どうしてもクリトリスをさすり、ヴァギナの中をいじくりたくなった。
　なぜなら、人妻であろうと、彼女は僕にとって、とてもセックス・アピールを感じる女だったからだ。

　だから、僕は、彼女のヴァギナが淫液で濡れていくように、その前段の行為として、一生懸命、彼女のくちびるや舌を吸って行った。
　そして、彼女のキャミソールをさらに胸の上にまでたくし上げ、できるだけ乱暴にしないよう、ブラジャーの上から乳房をやさしく揉んでいた。

　僕は、デープキッスを繰り返しながら、乳房を揉み、わき腹を撫で、お尻をさすり、そして、スカートのホックに手をかけ、それをはずす。

　スカートを下にずらして、脱がせる。
　そして、ブラジャー越しにではあるが、乳房に、口を当てる。
　パンティ・ストッキングの上から、窪みをこすった。
　こすっていると、こすっている指の腹が濡れてきた。

　僕は身を起こし、彼女を立たせた。
　そして、パンティ・ストッキングを脱がせる。
　足首から脱がせると、すぐにまた、彼女を僕の膝の上に、跨らせた。
　
　キャミソールを、完全に首から脱がせる。
　と、上半身はブラジャー、下半身はパンティだけになった。

　僕は、パンティの布の上から、窪んだ溝のあたりを指の腹でこする。
　と、彼女のパンティのもっとも狭い部分に、僕は自分の右手の薬指を引っ掛け、隙間をつくった。
　そして、僕は、その隙間を通して、パンティの中へ中指を突っ込んだ。

　彼女のヴァギナはもう、たっぷりと濡れていた…。
　僕は、そのことに、ひどく興奮してしまっていた…。
　胸がドキドキと高鳴っているのがわかる。

（入れさえしなければ、いいんだ）
　そう自分に言い聞かせながら、パンティの中から手を抜き、ブラジャー越しに乳房を揉みしだきながら、彼女の唾液を啜っていた…。
（どうすればいいんだろう）
　僕は、しかし、まだ迷っていた…。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）