小説　密室での痴情

１３（＝最終話）　明日には明日の風が…
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　僕は攻めるしかなかった。
　肉体の欲望が僕を突き動かしていたからだ。
　僕は、彼女の上にのしかかり、強引にくちびるを奪い取っていた…。

　頭の中では、いけないことをしていると思っていた。
　だが、肉の欲望には勝てない。
　そして、これが最後だから許して欲しいと、どなたかに向かい、言い訳もしていた。

　最後の思い出になりそうな気がした。

　だから、本当の意味で、はだかの付き合いとしたかった。

　僕は、彼女の上半身をきつく抱き締め、くちびるを吸っていた。
　彼女が苦しそうだった。

　僕は、くちびるをはずした…。
　僕も、彼女のくちびるを味わったことで、ひとまずは心が落ち着いた。

「どうしたの？」
「いや、どうもしないよ」
「でも、ちょっと、変よ、あなた…」

「……」
　僕は、無言で下半身から自分のブリーフを取った。
　そして、彼女の胸に置かれていたバスタオルを取る。
　彼女は目を見張っていたが、僕は構わず、パンティも取った。

　確かに暗がりだ。
　しかし、上半身を反らし、目を細める。
　均整の取れたからだだった。
　その彼女の美しい肉体を僕は脳裏に刻みつけておきたかった。

（結婚できないのだ、僕たちは。彼女は病気のご主人を捨てられないし、僕は認知症の母を見捨てることはできない…）

　しかし、僕は、彼女が愛おしかった。
　それは、たぶん、美しい彼女の肉体に対するものから発しているのだろう。
　
　精神的な面で、彼女のどこが気に入っているのか、それはあまりわからない。
　ただ、彼女の賢さは気に入っていた。
　頭のいい女は、僕は好きだった…。

「何をしているの？」
「いや、何も…」
　
　暗がりとはいえ、彼女も、そんなにじろじろ見られるのはいやだろう。
　僕は、ふたたび、上半身を重ねて行った。
　そして、彼女のくちびるにキッスをした。
　そのとき、僕は、急に悲しくなった…。

（愛していても、添い遂げられない、ということはあるんだ）
　僕は、彼女と顔を合わせるのを避け、ベッドのシーツの上に顔を伏せていた。

「どうしたの？」
「いや、何でもないよ」

　しかし、僕は、自分の目がうるんでいるのがわかっていた。

「悲しいの？」
　彼女が聞いてきた。
「……」

　僕は答えなくては、と思った。
「悲しい、というより、情けなくて、自分が…」

「どうしてなの？」
「奪えないから…。愛していても…」
「……」

　僕は、『不倫』という言葉を使いたくなかった。
　それは、あまりにも、おぞましい言葉だった…。

「本当に愛しているなら、奪い、そして、ずっと自分のそばに置きたいはずだ…」
「そんなこと…」

「君は、愛する人のそばにずっと居たいとは思わないのかい？」
「そりゃ、そうだけど」

「君は、ずっと僕のそばに居たいとは思わないのだろうね。僕は、ずっと君のそばにいたいと思っているのに…」
「そんなこと言わないで…」

「僕は君のことが好きなのに、君は僕のことが好きじゃない。だから、僕は悲しいのかもしれない。いつも、僕の片想いなんだ…」
「……」

　僕は、問題をすり替えていた。
　僕は、僕自身の無力さを嘆いていたはずなのに。
　僕は、彼女の無慈悲を嘆いている。
　僕は、彼女に甘えているのかもしれない…。

「でも、君は僕のような男とも付き合ってくれた。感謝しなくては…」
「何よ、それっ！」

「だって、僕のような優柔不断な男を…」
「そんな自分を貶めるようなことは言わないで。わたしこそ、みじめな気持ちになるわ。あなたは優しい人よ。だから、こうして今、あなたのそばにいるんじゃないの」
「ああ…」

　僕は、彼女の目を見ていた。
　その言葉に、偽りはなさそうだった…。

「じゃあ、僕の片想いじゃないんだね」
「……」
　彼女の目に困惑したような色が浮かんで…。
　でも、彼女は、ちょっと照れたように笑っている。
　僕は、その笑顔に、彼女の、僕に対する好意を感じた。
　
（彼女は、やっぱり、僕のことが好きなんだ）

　僕は、くちびるを近づけながら言った。
「どうしようもなく、僕は君が好きなんだ」

　僕は、キッスをした。
　そのキッスを彼女は受けてくれた。

　手を下に伸ばす。
　下半身は閉じられていた。
　挿入ということではないが、下半身においても密着感を感じていたのだ。

　股ぐらに手を添える。
　すると、彼女は素直に、ゆっくりとその股ぐらを開いてくれた。

（僕のことが好きなんだろうか？。ただ、セックスをすることが好きなんだろうか？）

　が、僕は、ともかく、股ぐらを開いて、彼女の股ぐらの中に僕の下半身を入れ込んだ。
　
　挿入はしていない。
　しかし、僕の下半身は、とても喜んでいるように思えた。

　僕は、彼女と下半身を密着させながら、手でおっぱいを揉み、そして、キッスを繰り返した。
　彼女も、上体を起こしながら、僕のキッスを受けてくれている。

　彼女は、僕に心を許しているのだ。
　そう思うことは、僕の精神的な喜びであった。

　もはや、僕の中に、精神的な躊躇はなかった。
　
　確かに、ご主人から彼女を奪い去り、そして結婚する、というようなつもりはなかった。
　しかし、せめて、懸命に努めて、彼女にセックスの喜びを与えたいと思った。

　僕には、お金もない。
　そして、精神的な支えにもなってあげられなかった…。
　
　せめて、セックスの喜びだけは与えてあげなくては…。
　僕は、ビンビンになりながら、それでも、避妊のことが気になっていた。
　
　僕は、オナニー用に持っているコンドームを持っては来なかった。
　実際、僕は、図書カードを渡し、『就職、おめでとう』と、それだけを言いに、やって来たのだから…。

「ねぇ、アレ、大丈夫なのかな？」
「大丈夫よ、ピル、飲んだから」
「ああ…」

　僕は、安心して、彼女のおっぱいを啜った。
　そして、乳首を舌先でつつきながら、草叢を撫でた。

　僕は、右利きだった。
　右手を下に移動させていく。
　右の中指の第二関節を折り曲げるようにして、谷間の入り口をなでている。

　指先が窪みの上の陰核に触れる。
　それはやや硬くなってはいたが、しかし、表面はまだ乾いているようだった。

　僕は、その乾いた突起物を僕の舌先で湿らせることにした。

　僕は、くちびるを、胸からおなか、おなかから恥骨部分へと這わせながら、からだを下へ下へとゆっくりずらしていく。

　クリトリスをくちびるで責めると、彼女は小さなうめき声をあげて、せり上がりはじめた。

　が、僕は、彼女の腰を引きつけ、陰核を舌先とくちびるでいたぶり続けた。

　僕は、クリトリスを舌先で愛撫しながら、指先を窪みにあてがっていた。
　かすかに、恥毛が濡れている。
　窪みは、すでに湿っていた。

　が、その湿り気は、十分なものではなかった。
　もし、すぐに挿入したら、彼女は痛がるだろう…。
　僕は、くちびるを、陰核から蜜壷の入り口へと移した。
　そして、舌先で、膣の入り口をこじ開けるようにした。

　と、中から蜜汁が滲み出てきた。
　僕は、それを啜るようにして味わっていた…。

「あっ、あああっ、あああっ・・・」
　彼女が腰を持ち上げている。
　感じてくれているらしい…。

　僕は、また、くちびるを陰核に戻し、それを上下のくちびるで挿むに咥える。
　と、それは、さらに尖りを増して来た。

　窪みの中に、中指を一本差し込んで行く。

　僕は、クリトリスを口で愛撫しながら、指先を動かしていた。
　
　中指が愛液で濡れる。
　中指の出し入れのスピードを早める。
　すると、愛液が、中指の根元まで、びっしょりと濡れ落ちて来た。
　中指を掻き出す時、僕は意識して、Ｇスポットを刺激した。

　彼女が悶える。
　その悶えのさまを見るだけで、僕のモノはギンギンに膨れ上がり、涎を流し始めていた。

　僕は、入れたくなった。

　上半身を起こす。

「入れさせてね」
　僕は、２本の指で、彼女の膣口を左右に押し開いた。
　そして、亀頭部からゆっくりと挿入していく。

「あっ…」
　僕がうめいた。
　それほど、膣の中は、熱く煮えたぎっていた…。

　腰を入れる。
　すると、僕のペニスがすっぽりと包み込まれるように円筒形の蜜壷の中におさまった。
　
　直径の大きさといい、奥行きの長さといい、彼女の蜜壷は、僕の陰茎にぴったりだった。
　それに、僕のジュニアは、あの日、研究室で嵌めたことを覚えていたらしく、中でビックンと頭をもたげ、彼女のヴァギナにあいさつをしたかと思うと、鈴口から何やらどろりとしたものを吐き出したようだった。

　僕は、嵌めたまま、下半身も、そして、上半身も、彼女とぴったり重なり、そして、彼女にキスをした。

「ねぇ、気持ちいいかい？」
「ええ…」
　彼女が恥ずかしそうに答える。
「僕も、気持ちがいいよ、とっても」
　彼女が僕の下で笑っている。

「あそこの相性は、いいみたいだね」
「……ウン？」
　彼女は、その性器間の相性なんてことは、本当に、わからなそうであった。
　僕は、ぴったり感があるのに…。

「ねぇ、動いてもいいよね」
「……」

　僕は、ゆっくりと動いた。
　フレンチ・レストランで、ワインまで飲んだせいか、少しは長く持ちそうであった。

　だんだん彼女の蜜液の湧出量が多くなったみたいだ。
　とても動きやすくなったから。

　僕は、彼女の両腋の下のところに、両手をつき、腕立て伏せの格好をしながら、腰の上下動の振幅を大きくした。

　ペニスの傘のところが、彼女の大陰唇や小陰唇にこすられて、気持ちがいい。
　このままだと、射精してしまいそうだ。
　ピストン運動のスピードを落とす。
　
　しばらく、休む。
　そして、また、徐々にスピードを上げていく。

　彼女が、身をよじり、のけぞりはじめる。

「ねぇ、一緒だよ、一緒に・・・」
　僕は、懸命に彼女にささやく。

「あっああああ…」
　彼女が弓のように身を反らした。
　そして、両足を伸ばし、からだを痙攣させている…。
　
「アッ、アアアアッ・・・」
　僕も、うめいた。
　強烈な締め付けを喰らったからだった。

　後頭部が痺れ、そして、目の前が真っ暗になり、黄色い線が何本も走りぬけた…。
　そして、彼女の中に白い液体をしっかりと吐き切ると、ガックリと、しかし、ゆっくりと伸ばしていた腕をたたんで行った。

「愛しているよ」
　僕は、彼女の耳元で囁いた。
　それは、僕の本心だった…。
　
「あなたは、本当に愛しているの、わたしのことを」
　僕は、横抱えに、彼女を抱いていた。
　
「ああ、本当だよ」
　僕は、彼女の髪をなでつけながら、そう答えた。

「僕は、地獄に落ちるだろう。閻魔さまに、舌を抜かれるだろう。でも、しかたがない。君が好きなんだから…」
「それほどまでに…」
「ああ」
　僕は、彼女の目を見た。
　彼女は、覗くように、確かめるように僕の目を見ていた。

　でも、僕は、物怖じしなかった。
　だって、僕は、本当に彼女を愛しているのだから…。

「また、会って欲しい…」
　彼女は、首を縦に振ってくれたような気がした。
　僕は、安心したように、目を閉じた。

　僕は、目覚めた。
　と、そばには、彼女がいた。
　彼女は、まだ眠っていた。

　僕は、彼女の肩口に顔を寄せた。
　彼女の体臭が鼻腔を刺激する。
　そして、僕の股間のモノが、ビクンとばかり頭をもたげた。

「ねぇ…」
　僕は、彼女を揺り動かす。
「なに？」
　彼女は目を開け、不審そうに尋ねてきた。

　僕は思い切って言う。
「もう一回、やらせてよ」
「だめよ。列車に間に合わなくなるわ」

「だったら、最上階のレストランで、コーヒーでも」
「そんな時間、ないわ」

　彼女は起き出していた。
　彼女が着替えをし、化粧をしているのを、僕はベッドで横になりながら見ていた。
（どうして、こんなにも、女は現金なんだ？！）

「ねぇ、そんなに急がなくても…」
「そんなこと、言わないで」

（どうして、この女は、ムードというものがないんだろう。あっさりしている。いや、あっさりしすぎている…）

　僕は、彼女の後をついて、シティ・ホテルを出た。
　そして、歩いて駅に向かう。
　時計を見ると、午前７時５０分だった。
（そうだ、彼女は、昨夕、８時の列車に乗る、と言っていた…）

　僕は入場券を買っていた。
　改札口を僕も出る。

「これ、持っていて！」
　彼女がバッグを僕にあずけてきた。
　僕は、しかたなく、そのバッグを持つ。
　彼女は、化粧を直していた。

（ここは、プラットホームなのに…）
　僕は苦笑していた。
　が、日曜日の朝のせいか、周りにそれほどの人はいなかった。

（こんな女と一生、付き合うのか？。僕は一生、彼女の尻に敷かれてしまうかもしれない…）
　そうは思いながらも、やはり、彼女の容姿に僕は目を奪われていて…。
　今、手にしているバッグをこのまま渡さず、彼女を列車に乗せないでおきたいと思った。

　列車が入ってきた。

「ありがとう」
　彼女が手を伸ばしてくる。
「……」
　僕は、彼女のバッグをしっかりと握っていた。

「どうしたの？」
「渡さない」

「どうして？」
「行かせたくないから…」

「馬鹿ねぇ。また、会いに来るわよ」
「本当？」
「ええ」
　彼女が笑っている。
　僕は、安心して、バッグを彼女に手渡した…。

　彼女が列車に乗り込んで行く。
　何だか、彼女は、さっそうとしているように見えた…。

　僕は、黙って、俯いていた。
　彼女を見ると、泣いてしまいそうだったから。

　が、列車は動きはじめていた。
　僕は、急いで顔を上げ、彼女を見つめていた。
　彼女も、僕を見つめていた。

　列車が遠ざかっていく…。

　僕は、彼女を見送りながら、母親のことが気になり始めていた。

　彼女を乗せた列車が、すでに遠く、小さくなっていた。
　
　本当なら、彼女を乗せた列車の姿が見えなくなるまで見送らなくてはならないのかもしれない。
　しかし、僕は、そうはせずに、くるりと踝を返し、駆け出していた。
　ホームを降り、改札口を通り抜け、タクシー乗り場へ急ぐ。

　タクシーの中でも僕は落ち着かなかった。

（どこか、マンションの周辺をうろついているでは？）
（自分で風呂にお湯を入れ、バスタブの中で溺れてはいないだろうか？）

　僕は、運転手さんに支払いを済ませ、マンションの中に飛び込んだ。

　母の寝室へ行く。
　
（息をしているだろうか？）
　ふとんをそっとはぐる。
　かすかだが、胸が上下動している。
　かすかな寝息も聞こえる。

　僕は、ほっとした。

　僕は、自分の部屋に入った。
　そして、ベッドにうつ伏せになった。

　母をひとりにしたことを悔いていた。
　４年制大学を出すのだって、親は大変なのに。
　大学院まで進ませてくれ、しかも、４年ばかりの就職浪人の時代も、母は僕を支えてくれた…。
　
　そして、夏希を最後まで見送ってやれなかったことを悔いていた。
（中途半端なんだ、僕のやることはすべて…）

　僕は、また無性に自分が情けなくなった。

　僕は、彼女の新しい住まいに押しかけるべきなのだろう。
　そして、彼女を口説き続けるべきなのだろう。
　そうやって、彼女の心を僕のものにしなくてはいけない…。
　本当に、彼女のことを愛しているなら…。

　しかし、そんなことが現実にできるだろうか？
　そうすることが、彼女を幸せにすることなのだろうか？

　彼女の新しい仕事を応援しなくては…。
　彼女の、ご主人に対する誠意のある行動を、支えてあげなくては…。

　僕は、いつのまにか、涙を流していた。

　それは、たぶん、彼女を愛していても、どうにもならないことがある、と感じているからだろう。

　職業人として、いい仕事をすること。
　でも、僕はまだ言語学研究で自分の研究テーマを絞り切れていなかった。

　子どもとして、最低限の親孝行をすること。
　が、僕は、母を老人ホームに、いや、そこに空きが見つかるまで民間のグループ・ホームに預けたかった。

　好きな人に対して、誠意のある行動を取ること。
　しかし、具体的にどうしたらいいのか、わからなかった…。

　もう立派な大人なのだから、３つのことぐらい、果たせなくてはいけないのに…。
　そして、せめて、好きな人に愛を捧げたいのに…。

『愛』とは一体何だろう？。
　よくはわからないが、
『いつもその人のことを気にかけてあげること』
　もし、そういうことが『愛』と言えるなら、僕は、彼女を愛しているのではないかと思った。

『明日になったら、明日の風が吹く…』
　僕は、マーガレット・ミッチェルが書いた『風と共に去りぬ』という小説の最後の場面を思い出していた…。
（おわり）
　　　　　　　　　　　　　

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2008.5.10掲載

［12話］

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