3・調教依頼

「はい・・・もしもし。人妻調教クラブです」
　電話口には正之がネット上の写真で見た中年男性と思われる人物が出た。
「つ、妻の・・・調教をお願いしたいのですが・・・」
　初めて自分の前で調教という言葉を使った夫に亜紀は戸惑いながらも夫の声に耳を傾けた。
　相手の男性の声は当然聞こえないが話の内容はある程度想像できる。
「ええ・・・はい・・・30です。自分は32です。はい・・・いえ。そういう経験はまったく・・・ええ・・・ノーマルな感じで・・・はい・・・あ、ちょっとお待ちください」
　正之が話を切ったので亜紀は顔を上げた。
「亜紀、身長と体重、それからスリーサイズと・・・ブラジャーのカップを知りたいそうだ・・・」
　正之はやや遠慮がちに亜紀に尋ねた。
　付き合っているときから考えても亜紀の体のサイズを数値として聞くことはこれがはじめてである。
「身長は162・・・体重は50キロ・・・サイズは・・・上から83、59、85・・・カップはCよ・・・」
「162センチ、50キロ・・・上から83.59.85のCカップです。ええ・・・そうですね・・・その・・・セックスがマンネリ化していて・・・お互いに話し合って・・・ええ・・・あ、妻ですか・・・ちょっとお待ちください・・・（受話器を放して）亜紀・・・ちょっと亜紀と話したいそうだ」
　正之が差し出した受話器を緊張で汗ばむ手で受け取り、受話器を耳に当てた。
「も、もしもし・・・お電話変わりました・・・」
「はじめまして。人妻調教クラブを運営しております太田信夫と申します。ご主人からだいたいお話は伺いました。
　奥さんも同じお気持ちでいらっしゃると考えてよろしいんでしょうか？
　調教を受けることをお望みになっていると？」
「え、ええ・・・よろしく・・・おねがいします」
　夫の視線を一身に受けながら亜紀は自ら調教師の太田に自分の調教を依頼した。
「そうですか。了解しました。奥さんは調教というと・・・どういうことを想像されますか？」
「・・・ま、まったく・・・想像がつきません・・・」
「だいたいの女性に同じ質問をすると・・・世間一般でSM行為のときにするような体を縛って鞭で叩いたり、ロウソクのロウを体にたらしたり・・・女性の知識ですからね・・・そんなものだろうと私も納得しています。
　しかし、私の考える調教というのはそういうものではないんです」
　太田は冷静な口調で丁寧な感じで話を進めてくる。
　自分でも聞こえるくらいの胸の鼓動をおさえ、ごくりとつばを飲み込んで亜紀はその先の話を聞き続けた。
「私は依頼主であるご主人から大切な奥様をお預かりするわけです。
　痛みや苦痛を与えても仕方がありません。
　しかしながらご主人との行為では感じることのできなかった刺激を与え、奥さんに新たな快感を見つけていただく義務があります。わかりますね？」
「・・・は、はい・・・」
「私が考える調教というのは女性の羞恥心をくすぐる行為なんです。
　性的な羞恥心というのは性欲をくすぐり、掻き立てます。
　今現在、ご主人とセックスをしているとき、たとえ全裸で体の隅から隅まで見られたとしても、羞恥心は感じないでしょう？
　それが夫婦関係を倦怠化させる原因なんです。
　羞恥心を捨てた女性に男性は魅力を感じませんからね」
　太田の言うことは確かに自分の身に覚えのあることだった。
　付き合い始めたころはセックスをするときもわずかな明かりがあることすら恥ずかしく思えた。
　正之が自宅に来るときなどはあわてて干してある下着を隠したりすることもあった。
　しかし今ではセックスのとき正之によって足を開かれ、挿入口に狙いを定めるために正之に股間を直視されたとしてもたいした羞恥心も感じない。忙しいときには正之に自分の下着を含めた洗濯物を干すのを依頼するときもある。
「そういうものなのでしょうか・・・」
「ええ。ご主人を含めた男性は、女性がそうした羞恥心を感じている姿に非常に強く興奮を覚えます。強姦などの強制的な性犯罪は別ですが、最近ニュースなどでよく目にする性犯罪・・・スカートの中やトイレの盗撮や覗きなど、そういったものはすべて女性がもし見られたのが分かれば非常に恥ずかしいと感じる物事ばかりです。そういったことからも男性が女性の羞恥というものに関して大変な刺激を感じることが奥さんにもお分かりになると思います」
　太田の言うことは今の亜紀には非常に説得力のあるものだった。
　そういったニュースを見て、何を馬鹿なことをしているのかと考えていたが、今ならそういう心理も分かるような気さえしてきてしまう。
「もし奥さんが、そういった羞恥心を感じることによって・・・恥ずかしいと感じながらも奥さん自身も淫らな気持ちになり、性欲を感じてしまうような体になったらどうなるでしょうか・・・
　ご主人も奥さんが恥ずかしい思いをしている姿を見て、興奮しペニスを猛らせる・・・
　そして奥さんも羞恥心を感じながら淫らな気持ちになり、股間を濡らす・・・
　お互いが性的に興奮した状態でのセックスほど情熱的で激しいものはありませんよ。
　私は奥さんを調教し新たな刺激を与えることによって、お二人の関係をより刺激的なものにしたい。そう願っているんです」
「わかりました・・・よろしくお願いします・・・」
　受話器はその後、再び正之の手に渡り、今後の対応を話していた。
　正之は丁寧な口調で話を終え、電話を切った。
　話によるとファックスでアンケート用紙が送られてくるという。
　ものの数分でその書類は送られてきた。
　住所や氏名、電話番号など個人情報を書く欄、妻に対する希望調教内容、電話で聞かれた亜紀の体のサイズも改めて明記するようになっている。
　正之は一語一句逃さぬように読み、丁寧に質問に答えを記していく。
　一番下に誓約・署名欄がある。
“私、夫である＿＿＿＿＿＿は妻に対し、調教師・太田信夫がする調教、ならびに性的な行為に対し、いかなる異議も唱えず、調教後、妻がいかなる精神状態になったといえども一任することを誓います
（万が一、肉体的なダメージ、および病的な精神状態となった場合は太田自らの責任として賠償いたします）”
　亜紀はそれを読み終え、躊躇する夫を想像したが、その想像をするのとほぼ同時に、正之は自分の名前を空欄にしっかりと書き記した。
　もちろん亜紀の書名の欄もある。
“私、妻である＿＿＿＿＿＿は自らに対し、調教師・太田信夫がする調教、ならびに性的な行為に対し、いかなる異議も唱えず、すべての行為を積極的に受け入れ、1週間の間、調教師・太田信夫に仕える事を約束いたします”
　ペンを握ったまま、亜紀はなかなか名前を記すことができない。
「だ、大丈夫か・・・？亜紀・・・？」
「え、ええ・・・あ、あなたは・・・ほんとに・・・いいのよね？・・・私が・・・ほかの男性に・・・そ、その・・・調教をされるのは・・・」
　初めて自ら調教という言葉を口にし、あらためて自分がこれからどうなってしまうのか不安になる。
「お、俺たち夫婦のためなんだ・・・仕方ないと思っている・・・」
　亜紀は用紙に視線を落とし、自分の名前を書き込んだ。
　夫の声の意見を聞き、署名欄にペンを走らせたように見えたが、実際に亜紀の手を動かしたのは先ほどの電話口の太田の言葉だった。
　それほど今の亜紀には太田の言葉には説得力があった。
　署名の下にはメールアドレスが書いてある。
“本紙を折り返しご返信いただき、その後上記アドレスまで、奥様の下着姿、全裸姿の写真を撮影し、メールに添付し、お送りください”
「あ、あなた・・・これ・・・私の下着姿と・・・裸の写真を送れって・・・」
「ああ・・・そうみたいだな・・・さっき電話で言ってた」
　愛妻が戸惑う様子を見ながらデジタルカメラを用意する夫の股間は期待感に一抹の不安が折り重なり、興奮を倍増させ大きく猛っていたのだった。