７　押入れの中で

　僕の頭の中で、肉体的な欲望のみが膨れ上がっていた。

「愛しているよ」
　僕は、そう言いながら、彼女にキッスをしていた。
　
　頭が痺れる。

（ご主人は苦しんでおられるのに、僕は、何と言うことを…）
　僕は、苦しかった。言い訳ではない。

　彼女のご主人は、コンピューター会社に勤めていたが、抑うつ病になり、メンタル・クリニックに通院しながら自宅療養を続けていたものの、結局は会社を辞めざるを得なかったらしい。
　そして、今、総合病院の精神神経科に入院しておられる。
　何とか、回復され、そして、新しい職場を見つけて欲しい…。

　だが、そういう願いがあるとともに、夫ある彼女の肉体への欲望が捨てきれないのだ…。

　その矛盾を抱えた、心の苦しさから逃れるには、今、セックスの快楽に没頭するしかなかった…。
　かりそめの愛であっても、嘘の愛であってもいい、ともかく愛をささやき、彼女の肉体を開かせたいのだ…。

　愛していないかもしれないのに、僕は、唇を彼女のくちびるから離しながら、また、彼女に、
「愛しているよ」
　と、囁いてしまっていた。

「どうして？」
　彼女が聞いてきた。
　僕は、その瞳を見詰めた。
　まっすぐな目だった。
　負けてはならない。
　今負けたら、彼女はこの部屋を出て行き、僕は彼女を抱けないことになる。
　
　僕は、視線を逸らすことなく、彼女の目を見つめ、おなかに力を込めて言った。
「理由なんかない、ただ、君が好きで、そして、僕は君を抱きたいと思う…」

　彼女が、僕の首の後ろに回した手に力を込めてきた。
　だから、僕は、また、彼女に言った、
「抱きたいんだ、君のからだが欲しいんだ」
　と。
　
　僕は、わき腹を撫でつつ、彼女のスカートのジッパーを下に降ろしていた…。

　そろそろと、僕は、手を下へと、たぐらせている。
　おなかから、パンティ・ストッキングの中に手を入れて、パンティの布地を触っていた。
　そして、布地の上から、クレバスをさする。

　布地が濡れてきたような…。
　で、パンティの中へ手を入れる。
　手首をねじ込み、指先を草叢の中へと進める。

　指先に、ジャリッとした手触りがある。
　草叢を指で掻き分ける。
　クリッとした、硬い突起物が指先に当たる。

　中指の腹で、ゆっくりと、やさしく、その突起したモノをこすってあげる。
「はぁっ、はぁっ・・・・」

　さらに、指を下に這わせていく。
　溢れ出していた、淫汁が指先にかかる。
　彼女は燃えていたのだ、僕は、うれしかった。
　
（濡れているなら、挿入できるかもしれない…）

　
　が、挿入したとしたら、同罪だ。
　一人なら怖いが…。
　彼女となら、地獄の閻魔大王だって、こわくないような気がする。

（入れたい、入れたい…）

　ご主人にとっても、ここは大切な蜜壷であるのに。
　それなのに、僕は、その蜜壷の中に、ズボッとばかり・・、ゆびを・・・

　彼女の膣の中は、あつく熱を帯び、そして、淫汁でぬれそぼっていた…。

（なんという、みだらな女なんだ…）
　罪深い指先にも拘らず、股間を濡らす彼女への非難の声が、僕の心の中に沸きあがってくる…。
　しかし、彼女を批判する資格はない。むしろ、僕は、股間のジュニアをさらに硬くさせていた・・。

　罪深い…。

　僕は、彼女の欲望を高めるため、悪魔になって、中指を差し入れしている。

「あああ、あぅ、あぅ、あっ、あああ・・・」

（なぜだろう？）
　彼女を呻かせ、背徳者にしようとしているにもかかわらず、妙に興奮してくる。
　何という罪深さだ。
　しかし、かといって、僕は、指の動きを止めるわけではなかった…。

　さらに、卑猥に指を動かしているのだ…。
（あえげ、喘げ、そして、君は僕とともに、地獄に堕ちるのだ）

　そして、彼女の中に、おのれの硬い肉棒を突き刺したいという、浅ましいばかりの肉の欲望に、僕自身、あきれかえっていた…。

「入れたいんだ」
　僕は、くちびるをはずし、おっぱいを揉みながら、彼女の耳元にささやく。
「……」

「でも、ここでは、集中できないんだ」
「……」

「確かに、この部屋にはカギがかけてある。誰も入っては来れない。しかし、ここは、あまりにも明るすぎる。暗幕のカーテンもないのだから…」
「……」

「だから、そこの押入れの中に入ってヤろう！」
「えっ！」

　僕は、こんなときだけ、すばやい。
　彼女を横抱えに引きずりながら、押入れの前に…。
　引き戸を開ける。
　下の段の床の上に座布団を並べる。
　その上に、彼女を寝かせた。
　僕は、上着のジャケットを脱ぎ、インナーだけになっていた。

　押入れの中は、上の段と下の段に分かれていて、その間にある、敷居となる板が、中腰からお尻を床にくっつけるぐらいに腰を降ろしてさえ、完全に頭に閊（つか）えた。

　が、今、そんな贅沢は言っておられなかった。
　ただ、僕は、彼女と僕の、ふたりだけの、真っ暗な空間が欲しかった。
　例え狭くても、その暗闇こそが、僕に肉の欲望の火を点けてくれる、唯一の助っ人なのだ。

　僕は、すばやく彼女のスカートを剥ぎ、パンティ・ストッキングを剥ぎ取っていた。
　寒いので、上に着ているものには手をつけなかった…。

　そして、押入れの戸を閉めた…。
　そこは、完全なる暗闇になっていた。
　
　神は、人がどこで何をしようと、すべてお見通しなのだ…。

　しかし、この暗闇は、少なくとも僕の羞恥心を掻き消してくれた。

　僕は、頭を押入れの中板にぶつけないように、頭を下げ、背を曲げながら、彼女の下肢から、パンティを抜き取っていた…。

　僕は、草叢の中に顔をくっつけた。
　そして、彼女の匂いを嗅いだ。
　
　何と言う、いい匂いなんだろう！
　チーズのような、饐（す）えた臭いは、まったくしなかった。
　まるで、彼女は、そこに、オーディコロンでも振りかけてきたようにさえ思えた。

　僕は、舌先で、草叢の底を掻き分けていた。

　鼻先に、コリッとしたものが当たり…。
　僕は、それを、口をすぼめて、啜（すす）った。

「はぁ、はぁっ、いいわ、いいの、いいの・・・」

　と、僕の唇が濡れてくる。
　彼女の裂け目から、淫液がにじみ出ているようだ。

　で、その淫汁をすすろうと、クレバスに唇をつける。

「あっ、あああ、いやっ、いや――っ」
　彼女がせり上がっていこうとする。
　で、僕は、彼女の腰に手をやり、それを止める。

　そして、彼女が静かになったところで、指先でもって、彼女の花びらを左右に開く。

　今度は、指でなく、舌先を花びらに当てた。
　右側の花びら、そして、左側の花びらと、舌を這わせる…。
　そして、めしべの中へ、と…。

「はあっ、あんっ、はぁ…、はぁぁっ、あーんっ、んっんっ・・・」
　彼女が腰を左右に振ったり、上下に揺らしたりする。
　彼女は気持ちがいいらしい。
　そして、僕も、彼女のそんな反応がうれしくてたまらない。
　
　僕は、狭い中で、スボンを手でずらし、脱ぎ捨てていた。
　そして、トランクスも足を使って、脱いでいた。
　もはや、挿入する気でいる。
　が、コンドームなんてなかった。

　しかし、今さら、彼女に、中出しをしていいかなんて、聞けるだろうか、聞けるわけがなかった。
　
　ともかく、中出しは、やはり危険だ。
　僕は、出（で）そうになったら、外に出（だ）そうと心に決めた。

　もう一度、腰を上げた。
　ペニスを下に折り曲げ、ねらいをつける。
　先っぽが入る。
　そして、ゆっくりと差し込む。
　中はあたたかく、綿で陰茎をくるまわれたようで、ペニス全体がとても心地よい。

　僕は、ペニスの海綿体を通して、彼女の膣内の肉襞がヒクヒクと、うごめいているのがわかった。
　
　腰を浮かし、そろそろと、引き上げる。

　が、その肉襞は、まるで蛭（ひる）のように、ジュニアの陰茎にまとわりついてくる。

　ペニスが熱く膨張し、そして、頭の中が痺れるほどに気持ちよかった。
　でも、がまんできた。
　それは、たぶん、中出しをしてはならない、彼女がイクまでは決して先にイッてはならない、といった使命感のせいであろう。

　僕は、足の指を外側に折り、腕立て伏せを繰り返しつつ、ペニスの抜き差しを行っていた。

「あああっ、ああ、いいの、いいの」
　彼女がうれしそうな声を上げる。
　
　僕は、彼女の艶声に気が移されては、射精が早まりそうな気がしたので、彼女のあえぎは、全く無視することにした。

　僕は、頭の中の一部を冷ややかに保ちしながら、上下動のピッチを速める。

「あっ、いいわ、いいわ、とってもいいわ」
　
　すべりがいい。いや、すべりが良過ぎる。
　最初は、窮屈感があったのに。
　彼女が洪水のように淫液を流しているのかもしれない。

　僕は、腕立て伏せの腕がだるくなっていた。

　腰を彼女の股間にくっつけ、グリグリと腰を回転させた。

「ふーん、あああ、あーん、あああ」
　僕は、僕の恥骨のあたりで、彼女のクリトリスを刺激しているのかもしれない。
　彼女は気持ちいいのか、腰を浮かす。
　そして、僕たちは、本当にぴったりと腰と腰とをくっつけあった。

　僕は、しかし、快感に貪欲だった。
　回転運動の中で、ペニスの根元を締め付けられるよりは、やはりピストン運動の中で、膣口を取り囲む花びらが、雁首をしごくという形がいい…。
　
　僕は、再び、腕を立てて、腰を浮かせる。
　そして、ペニスを根元まで入れ込まず、先っぽだけで、陰筒に対するピストン運動をはじめる。

　亀頭部のくびれたところが、左右の花びらで擦られ、気持ちいい。
　鈴口からは、僕の淫液が流れ出しているようだ。

「あっ、アアアア、アッアッ、イクイク、イクわ、いいっ、いいっ―――ッ！」
　彼女がのけぞる。
　僕は、ピストン運動を止め、彼女の小さな腰をしっかりと抱え込んで、ペニスを奥の奥まで埋め込む。

　彼女の肉襞が、僕のペニスの表面にぴったりと吸い付いてくるとともに、花びらがペニスの根元をしっかりと締め付けた。
　
　僕は、歯をくいしばり、腹筋に力を込めて、懸命に射精をこらえている。

（愛している）
　が、その言葉は、咽喉元で止まっていた。
　僕には、彼女を妊娠させ、子どもを産ませ、今のご主人と別れさせるだけの強さはない。

　僕は、腕立て伏せの腕を突っ張り、上体を反らしながら彼女のヒクつきに耐えている。
　
　そして、片手で上体を支えつつ、キャミソールを下からたくし上げ、首の下あたりまで引き上げた。
　見えない、この暗闇では、彼女の顔の表情が…。
　ブラジャーを掻き上げる。
　乳房にそっと手を当てる。
　手には、彼女の胸が大きく脈打っているように感じられた。
　
　僕は、再び、両手で上体を支え、下半身を彼女の股間に密着させていた。
　僕は、抜きたくても抜けなかった。
　あまりの気持ち良さに、目から自然と涙が滲み出ていた…。

「あっ、ああああ、ああっ」
　僕は、思わず呻いていた。
　が、最後の自制心が働いた。
　射精の寸前、僕は、腰を跳ね上げ、ペニスを引き抜いていた。

　ドクドクドクッ・・・。
　ビックン、ビックンとペニスが跳ねている・・・。
　
　僕は、虚しく、空中に精液を打ち放っていた…。

　僕は、泣いていた。
　自分がみじめで。

　本当なら、僕は、僕自身の熱い思いを、彼女の奥深くに打ち込むべきなのに…。
　それができなかったのだ。
　妊娠はさせられない…。

　僕は、頭を左右に振って、気を確かに持とうとした。
　暗闇の中で、トランクスを掴む。
　それで、彼女のおなかのあたりや、みぞおちのあたりを拭いていく。

　そして、彼女のパンティを指先で探し出し、それを、彼女の閉じられた股間の上に置いた。

　僕は、ようやく、妊娠の恐れを回避できたと思い、下半身を密着していき、彼女の上半身をしっかりと抱き締めていった…。

　僕は、彼女のからだの上に、のっかっていた。
　キャミソールを引きおろしているので、涙を悟られることはないだろう。

　僕は、彼女の胸に顔を突っ込みながら、つぶやいていた。

「夏希、僕は、とっても気持ちよかったよ」
「……」
　彼女は黙っていた。
　
　彼女は、どんなだったのだろうか？、暗闇の中では、わからなかった。
　でも、彼女がどうであろうと、僕は、本当に気持ちよかったのだ…。
　確かに正しい行いではない。
　でも、彼女とセックスできて、僕は本当によかったと思うのだ…。

　僕は、彼女の胸の鼓動と体温のぬくもりを感じながら、彼女も、肉体的には満足してくれたのではないかと思っていた…。
　
　そして、せめて、これからは、ほんの少しでも、彼女に、精神的な慰めの言葉がかけられるようにならなくてはと、思っていた…。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）