| ４ 穴は男女とも２つ 僕は、はじめて、部活を休んだ。 しかし、よけいに気分が落ち込んだような気がする。 放課後になった。 僕の足は、自然に、部室に向かっていた。 永岡監督の顔があった。 たった一日しか休んでいないのに、なぜか、永岡監督がなつかしかった。 「すみません、監督。昨日は、練習、休んじゃって」 「いいよ、たまには」 「でも…」 「たまには休養して、気持ちにも、余裕を持たなくっちゃ、だめだよ」 「余裕、ですか？」 「そうだ。マウンドに立った時も、余裕を持つことだ」 「……」 「おまえは、一生懸命になりすぎる。だから、相手のバッターにつけこまれる」 「……」 「そういう時は、ひと呼吸、置くんだ。相手の呼吸に合わせたら、相手のタイミングに引き込まれてしまう。むしろ、相手バッターの打ち気をはずすぐらいの、気持ちの余裕を持つべきなんだ」 「……」 僕には、監督の言われることの意味が、よくわからなかった。 しかし、あまり一生懸命になると、肩に力が入って、反って、棒だまになるような気がした。 気負わず、大きく、スムーズに腕が振られた時は、投げた球が、バッターの手許で、グーンと伸びるような気がした。 練習が終わった。 僕は、Ｔ型のトンボを押して、グランドの凸凹を直していた。 「ああ、公太、来週の月曜日、練習のあと、時間を空けとけ」 「はぁ？」 「いいものを見せてやるから」 「はぁ……」 （相手バッターの打ち気をはずす方法でも、教えてもらえるんだろうか？） 僕は、家に向かっていた。 と、おばあちゃんが建てた『オリンピアⅢ』のマンションが、見えて来た。 僕は、なぜか、『オリンピアⅢ』の前を通るのが、いやだった。 遠回りをすることにした。 やはり、大越先生と会うのが、恐かった。 実際、先生に挨拶をされても、僕は、また、固まってしまい、一言もあいさつをせず、立ち去ってしまうような気がした…。 土曜日、なぜか、いや、めずらしく、僕は机に向かっていた。 英語の参考書を開いていた。 前島先生が、授業中に読むことを勧めてくださった参考書だった。 前の英語の授業で、第４文型のことがあった。 だから、今度は、第５文型の話になるにちがいない…。 僕は、ともかく、目的語と目的格補語のふたつを取るという、第５文型の動詞を丸暗記することにした。 ｍａｋｅ，ｃｈｏｓｅ，ｎａｍｅ，ｔｕｒｎ，ｌｅａｖｅ，ｌｅｔ，ｓｅｔ，ｐａｉｎｔ，ｂｅａｔ，ｃｕｔ，ｔｈｉｎｋ，ｇｅｔ，ｈａｖｅ，ｈｅａｒ，ｓｅｅ，ｗａｎｔ，ａｓｋ，ｋｅｅｐ． しかし、何回、言葉に出して言っても、覚えられない。 で、ノートに書いて覚えることにした。 しかし、ノートに書いても、頭の中に入って来ない。 でも、僕は、ねばった。 第５文型の文章を、一生懸命、ノートに書き写し、丸暗記しようとしていた。 大越先生に、きらわれたくないのかもしれない…。 大越先生に、認めてもらいたいのかもしれない…。 “Ｉ ｓａｗ ａ ｄｏｇ ｃｒｏｓｓ ｔｈｅ ｓｔｒｅｅｔ．” こういうのが、第５文型の代表選手みたいだ。 “ｓｅｅ”というのは、知覚動詞と言うみたいだ。 そして、ある文章のところに来た。 “Ｉ ａｌｗａｙｓ ｋｅｅｐ ｍｙ ｈａｎｄｓ ｃｌｅａｎ．” 僕は、ノートにその文章を書き写しながらも、しきりに、頭をひねっていた。 なんで、“ｔｈｅ ｈａｎｄ”と、定冠詞の“ｔｈｅ”を使わないのだろう？ なぜ、手と言うのに、“ ｍｙ ｈａｎｄｓ”と複数形にしなければならないのだろう？ なんで、副詞の“ａｌｗａｙｓ”は、“ｋｅｅｐ”という動詞の前に置くのだろう？。 ｂｅ動詞の文章を書く時には、“Ｓｈｅ ｉｓ ａｌｗａｙｓ ｂｅａｕｔｉｆｕｌ．”と、動詞の後に“ａｌｗａｙｓ”を置くのに。 “ｋｅｅｐ”のあとは、“ｍｙ ｈａｎｄｓ ａｒｅ ｃｌｅａｎ”となるはずなのに、 どうして、“ａｒｅ”というｂｅ動詞が、省略されてしまうんだろう？。 やはり、僕には、英語のセンスがないみたいだ。 野球しかない。 もし、僕から野球を取ったら、何もない。 しかも、僕のからだは、健常者とは違っている。 大越先生の下着を見ただけで、“ちん◯”を大きくするなんて、なんという、性格異常者なんだろう！。 僕は、シャー・ペンを放り投げていた…。 僕は、北側の物置部屋に行きたくなった。 大越先生の部屋のベランダに干してあった、先生の下着が、頭の中をチラチラするのだ。 特に、ヒラヒラがついた、薄いピンク色をした、小さなパンティが…。 が、今日は土曜日で、おやじのやつが家にいた。 おやじの部屋に入って、双眼鏡を盗んでくる勇気が、僕にはなかった…。 気を取り直す。 「僕は、犬が通りを横切るのを見た」 「わたしは、髪を切ってもらった」 そんな意味の英語の文章を暗記しようとするのだが、まったく、頭に入らない。 そして、とうとう、頭が痛くなった…。 僕は、トレーニングウェアに着替えて、家を飛び出していた。 僕は、ランニングをしていた。 でも、なぜか、走りながら、ひとりごとを言っていた。 「ｓｅｅ，ｓａｗ，ｓｅｅｎ」 「ｃｕｔ，ｃｕｔ，ｃｕｔ」 と、向こうから、女の人がやって来る。 散歩をしておられるみたいだ。 （あっ、大越先生だ！） 僕は、走るのを止めていた。 （早く、バックして、道を変えなくては…） しかし、僕は、からだが動かないのがわかった。 女の人が近づいて来た。 「あらっ、野村君。がんばっているのね」 「……」 僕は、何と言ったらいいのか？。 （もう、お昼前なんだ、「おはようございます」では、やはりまずいんじゃないか？） 「どこまで、走るの？」 「あの、ここから先の、河川敷まで…」 「あらっ、わたしも、そこに行ってみたいな。まだ、この辺、慣れていないから」 「……」 （こまる、こまる…。これでは、練習にならない…） でも、どうしたことか、僕は、走るのを止めて、歩いていた。 横を見ると、先生がいた。 先生はいつのまにか、回れ右をして、方向を変えていたのだ。 僕は、先生の左側についた。 正面から車が来ても、先生を守ってあげられるように。 河川敷までが、いやに遠い。 僕は、走ってはいない。 僕は、息を止めていた。 息をすると、何か、気が抜けて、何か先生に質問をされても、とんちんかんな答えをしてしまいそうで、怖かったからだ。 何か、顔面が青くなっているような気がする。 そして、先生とゆっくり歩いているというのに、ひたいに汗を掻いていた。 やっと、河川敷に着いた。 「ここへ、座って」 見ると、先生は、草の上に座っていた。 先生は、黒のトレーニング・ウエアのズボンを穿いておられた。 「……」 僕は、立ち尽くしていた。 （いくらなんでも、先生のそばに座るなんて、おこがましいんじゃないだろうか？） 「英語の話はしないから、大丈夫よ」 「はぃ」 僕は、先生とは離れて、座った。 「野村君は、野球部なんだってね。野球が好き？」 「はい」 「将来は、プロ野球選手になるの？」 「いいえ」 「どうして？」 「僕は、野球は好きなんだけど、センスがないから」 「そんなことないでしょ」 「いいえ、僕には、わかるんです」 「じゃ、どうして、野球を？」 「将来、野球に関係した仕事に就きたいからです」 僕は、自分の夢を、両親にも、友達にも、話したことがないというのに。 先生の前で、将来の夢を語っている自分に、僕は内心、驚いていた。 僕は、はじめ、永岡監督のように、どこかの会社に勤めながら、ボランティアで、少年野球チームの監督をしたかった。 でも、最近、僕は、大それた夢を持つようになっていた。 それは、スポーツ新聞の記者になるということだった。 記者になれば、毎日、プロ野球の試合が見れる。 「例えば、どんな仕事に就きたいの？」 「例えば、それは、スポーツ記者です」 「へぇーっ、それは、すごいわね」 「……」 スポーツ記者になることは、そんなにすごいことなんだろうか？。 要するに、僕は、野球が好きで、毎日、野球の試合が、生で見られることがいいことだと思っているだけなのに…。 「じゃ、経済学部に進んで、在学中は、英語もしっかり勉強しなくてはね」 「えっ！？、僕、大学に行かなくっちゃ、だめなんですか？」 「そうよ。ジャーナリストなんですもの。４年制の大学を出て、新聞社の入社試験を受けるの」 「でも、僕は…」 「新聞記者って、色んなことを取材して、そして、それを文章に表わすの。記事を書く、って、大変な仕事なのよ。努力も要るし、才能も必要だし…」 （はぁ～？。文章を書く、って、そんなに大変なことなんだ？！） しかし、僕は、スポーツ新聞の記者になるのに、なんで、在学中、英語を勉強しなくてはいけないのか、わからなかった。外国人選手のインタビューは、ちゃんと、通訳の人がやってくれるんじゃないのか？ 僕は、おそるおそる聞いた。 「あのぉ、通訳の方を使う、ということではいけないでしょうか？」 「だめよ、ダメダメ。ちゃんと、渡米して、大リーグで活躍している日本人選手を紹介する記事を書くためには、外国人の監督とかコーチ、チームメイトに対して、直接、取材をしなくっちゃ」 「……」 僕は、そんな、大それたことは考えていないのに…。 ただ、毎日、日本のプロ野球の試合が、ただで見られれば、それだけでいいのに…。先生って、まったく、大げさなんだから…。 「それじゃ、野村君の夢が少しでも叶えられるよう、わたしも、気合いを入れて、英語を教えてあげるわね」 「えっ？、そんな！」 （野球の練習と、英語の勉強と、両立できるはずがない！） 帰り道、僕は、トボトボと、うつむきかげんに、先生のうしろについて、歩いて行った。 僕は、先生の左側について、正面からやって来る車から先生を守ってあげるという勇気を失っていた…。 （野球と勉強を両立させるには、どうしたらいいんだろう？） 僕の悩みは、さらに増えていた…。 「それじゃ、おやすみなさい」 見ると、先生のマンションの前だった。 「……」 僕は、何とか、『ごくろうさまでした』とか、『おやすみなさい』と言いたかった。 でも、何も言えなかった。 頭の中が、真っ白になってしまっていて。 でも、僕は、やっと、頭を下げることだけはできた。 そして、足早に、先生のそばを離れて行った。 夕食を済ませ、僕は、風呂に入っていた。 僕は、湯に浸かりながら、それでも、先生と、少しの時間、一緒に居られたことがうれしくて。にっこり、笑っていた…。 が、すぐに、その笑みは消えて。 まだ、こだわっていた、僕は。 野球と勉強を両立させるには、どうしたらいいのか、について。 結局、平日は、野球部の練習で疲れ、ほとんど家では勉強できない。 とすれば、授業中、しっかり集中して、勉強するしかない。 そして、練習のない、土日は、しっかり予習、復習をする…。 僕は、風呂から上がって、さっそく勉強をすることにした。 教科書を開く。 参考書を広げる。 ノートを開ける。 しかし、なかなか集中できない。 ふと、このあいだ、クラスメイトの釜山良一が言ったことが気になりはじめた。 『北条麻衣のやつは、ヒドイこと、するもんだ。このあいだ、７組の女の子を、カラオケ・ルームに連れ込んでさ、連れの男に、ヤラさせたんだって、よ』 『その女の子、男にハメられて、痛かったと思うよ』 「ヤる」って、何のことなんだろう？ 「ハメる（嵌める）」って、何のことなんだろう？ （女の子に嵌める、って、何を、どのようにして嵌めるのだろうか？） （確かに、男の子も女の子も、おしっこをする穴と、ウンチをする穴とがあるが。おしっこをする穴は、あまりにも小さくて、何も嵌めることはできないはずだ。ウンチをする穴は、あまりにも、しまりが良すぎて、外側からは、何も嵌めることはできないはずだ） （とすれば、男の子は、女の子のまたぐらの間に、“ちん○”を差し入れた、というだけの話なのか？） しかし、わからん。 なんで、嵌められて、女の子は泣いたんだろう？。 股ぐらの間に、“ちん○”を挟んだだけで、そんなに、泣くほど痛いものなんだろうか？ よほど硬い、木の棒のようなものを、おしっこをする穴に差し込まれたのにちがいない…。 僕は、そんなことを考えながら、まぶたが重くなるのを感じていた。 「部屋に寄っていかない？。ジュースをごちそうしてあげるから」 顔を上げると、大越先生だった。 「いえ、いいです。その、僕は、咽喉、渇いていないですから」 僕の家は近い。 居るのは、先生の入っている賃貸マンションの前だった。 「まぁ、そんなに、遠慮しなくていいわよ。あなたのおかあさまには、いつもお世話になっているから」 「えっ、そうなんですか？」 僕は、いやだった、母が先生と仲良くなるのが…。 僕は、手を引っ張られ、とうとう、先生の部屋に入っていた。 そして、テーブルの椅子に座らされていた。 「ちょっと、待っていてね」 先生は、キッチンに消えて行った。 僕は、居心地が悪く、早く家に帰りたくて、うずうずしていた。 「キャーッ！」 先生の声だ、キッチンで。 僕は、急いで立つ。 「見て、見て、ムカデよ、ムカデ！」 （何だ、たった、１５センチばかりの虫じゃないか） ぐにゃぐにゃと身をよじっているが、動きは遅い。 僕は、居間にとってかえし、新聞紙を持ってきた。 そして、それで、ムカデを上から押さえつけ、ギュッと手首を曲げて新聞紙の中にすくい取り、新聞紙を丸め、新聞紙ごと、ムカデをにぎり締めて、つぶしてやった。 「ああ、びっくりしたわ。まだ、胸がドキドキしているわ」 先生は、そう言いながら、僕の手を取り、その手を自分の胸に置かれてしまった。 僕は、手のひらに、何の鼓動も、感じなかった。 で、大したことはないと思い、その手を引っ込めようとした。 でも、その手を先生が、なかなか離してくれない。 僕は、困った。 その上、先生の顔のあたりから、化粧の匂いがしてきて。 そして、先生の赤いくちびるが目に入って。 僕は、ギクリッとしてしまっていた。 「ほら、わかるでしょ。まだ、震えているわ、体が…」 先生は、もう片方の僕の手を取り、自分の肩の上に置かれた。 本当だった。胸の鼓動は感じなかったが、肩のところは、本当に小刻みに震えていた。 （ああ、先生にも、弱いところがあるんだ） 僕は、ホッとした。 で、安心して、僕は立ち上がろうとした。 「お願い、ちょっと、このまま、じっとしてて」 「……」 僕は、顔を赤くしてしまっていた。 手が離れないのだ、先生の肩から。 からだが固まってしまっているようだ。 はがそうとするのに、なかなか、はがれない。 先生のからだから、いい匂いがしてきて。 僕のトレーニング・ズボンの下から、“ちん○”が盛り上がってくるのがわかるのだ。 （いけない、いけない、僕の奇形のことが、先生にバレてしまう…） 僕は、息を止めた。 必死で、何かにすがろうとしていた。 “ちん○”を小さく元通りにするために。 でも、おなかに力を入れるたびに、ますます、顔が赤くなって。 額に汗がにじみ…。 そして、腋の下にも、冷たいものが…。 僕は、ついに、上半身を震わせはじめていた…。 「どうしたの？」 「先生、僕は…」 先生が、うろたえている。 僕の腕の震えは、ますますひどくなった。 「どうしたの、どうしたのかしら」 と、先生が、僕のトレパンの膨らみを見ているのが、わかった。 僕は、縮ませようと、歯を食いしばった。 でも、思い通りにならない。 「どうしたのかしら、コレ？」 先生が、僕の膨らみに、手を伸ばして来て…。 （だめです、ダメです、そんなことしたら…） 先生が、その膨らみを、手で撫でている。 「どうしたのかしら、どうしたのかしら、こんなに腫れてしまって…」 僕は、情けなかった。 こんな奇形のものを持っている自分が恥ずかしかった。 が、しかし、先生が、僕の膨らみを撫でるたびに、僕の奇形物は、その大きさと硬さを増していく…。 こともあろうに、僕は、先生の指の動きでもって、何だか、むずがゆさとともに、おなかの底から、心地良いものが込み上げて来るのを感じていた。 「先生、せんせい！」 僕は、泣き叫んでいた。 「やめてください。手をどかしてください」 そして、膨らみを撫で続ける先生から飛び跳ねて、逃げるべきなのに、僕は、しっかりと先生のからだを抱きすくめていた…。 そして、その時、目の前で、突然、激しい火花が飛び散っていた…。 「あっーッ！」 僕は、大きな声を挙げた。 そして、その声で、眠りから目覚めていた…。 ああ、よかった、夢で…。 僕は、胸を撫で下ろした。 （まさか、夢の中のように、アレは、膨らんでいないよな） 僕は、パンツの中に、手を入れてみた。 「あっ、濡れてる！」 僕は、何年ぶりかで、おねしょをしたらしい…。 でも、なんか、おしっこよりは粘っこく、色は黄色じゃなくて、むしろ白っぽい色をしていた…。 （了） |
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| 2008.10.25掲載 |
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