| ８ あまりにも速すぎる射精 席替えがあった。 僕は、前は、教室の真ん中辺りに居た。 僕の席の５つ前には、教壇があった。 しかし、今度は、一番後ろの席になった。しかも、一番窓側の席だ。 僕は、ほっとした。 （これで、大越先生も、あまり、来られなくなるだろう） 実際、大越先生にそばに来られると、僕は、ひどく緊張してしまう。 それに、最近は、『何か、先生に匂うのではないか？』と、心配だった。 とにかく、毎日、風呂に入り、ボディ・シャンプーを使うことにしている。 以前は、部活で疲れた時など、シャワーだけを浴びて、それで終わりにしてしまうということもあったのだ。 今日は、部活で、紅白戦もある。 自分で言うのも変だが、このあいだの、シートバッティングの時、けっこう、球が走っていたし、カーブもそれなりに曲がってくれていた。 ひょっとしたら、今日は、ライトの守備から、登板のチャンスがあるかもしれない。 が、しかし、僕には、それ以上に、気になることがあった。 僕は、たまたま、大越先生に、スポーツ新聞の記者になりたい、と言ってしまったのだ…。 それは、単なる夢だった…。 実際、スポーツ新聞の記者になれば、毎日、好きなプロ野球の試合が、ライブで見られる、と思っていただけなのだから。 国語の時間だった。 今日は、太宰治の書いた、『走れメロス』という小説を、読み進めることになっていた。 しかし、僕は、密かに、図書室から借りてきた、『新聞記者になるには』という本を広げていた。 新聞社の入社試験では、毎年、採用者数５０人に対し、５，０００人以上の人間が応募するらしい。 採用試験は、一次試験が、一般常識、作文、外国語の３科目になるのが、一般的らしい。 一次試験をパスすると、二次試験では、面接試験があるらしいのだ。 今日では、政治、経済、社会と、あらゆる分野で国際的な広がりがあるらしい。だから、新聞記者も、外国語は堪能であることが望ましい、ということらしい。 友情や、愛情を持ち続けることは、本当に大変なことだと思う。 しかし、今の世の中、定職に就けるということは、もっとむずかしいような気がした。 ふと、僕が、気が付くと、もう、国語の時間は終わり、英語の授業になっていた。 「コツコツ」と、白墨の、こすれていくような音がする。 何か、大越先生が黒板に英文を書かれているような気がした。 顔を上げる。 先生の頭の後ろが見えた。 顔は、こっちを向かれていない。 僕は、少し落ち着いて、黒板に書かれた英文を目で追っていた…。 Ｉ ｗａｎｔ ｓｏｍｅｔｈｉｎｇ ｔｏ ｌｅａｒｎ． Ｉ ｈａｖｅ ａ ｌｏｔ ｏｆ ｈｏｍｅｗｏｒｋ ｔｏ ｄｏ ｔｏｄａｙ． 今日は、どうやら、不定詞の形容詞的用法の説明をされているようだ。 僕は、この場合、不定詞というのは、後ろから名詞を修飾しているのだと思った。 普通、名詞を修飾する形容詞というのは、名詞の前に置かれるというのに…。 だから、「学ぶべき何か」というのは、“ｌｅａｒｎｉｎｇ ｓｏｍｅｔｈｉｎｇ”、また、「すべき宿題」というのは、“ａ ｄｏｉｎｇ ｈｏｍｅｗｏｒｋ”というようにならないのだろうか？、などと、勝手なことを考えていた…。 つまり、“ｔｏ ｌｅａｒｎ ｓｏｍｅｔｈｉｎｇ”、あるいは、“ｔｏ ｄｏ ｈｏｍｅｗｏｒｋ”、というように、不定詞を名詞の前に置いてくれると、わかりやすいのになぁ、と、全く変なことを考えていたのだった。 すると、突然、耳元で、 「野村君、黒板の文章を読んでみて」 という、先生の声がした。 僕は、立ち上がった。 黒板を見る。 英語の単語のつづりを目で追う。 「あい うおんと さむしんぐ とぅ らーん」 「あい はぶ あ ろっと おぶ ほーむわーく とぅ どぅ とぅでい」 「うーん、どうしてかな？。野村君って、ローマ字読みなのよねぇ。それに、エル（ｌ）と、アール（ｒ）の発音がわるいわねぇ」 僕は、驚いた。先生が、すぐ、そばに立っておられる。 （変な匂いがしませんように…） 僕は、目を瞑って、祈った。 目を開ける。 先生の顔が、斜め正面にあった。 こっちを見ておられる。 僕は、顔が赤くなるのがわかった。 「エルの“ｌ”というのは、舌の先を、上の歯茎につけたまま、両方の、舌と横唇の空いたすき間から、空気を出すように、発音してみて」 僕は、舌先を、上の前歯の内側の歯茎に、くっつけた。 そして、両側の隙間から声を出そうとした。 しかし、「スースー」という空気の抜けるような音ばかりで、本当に、「るーるー」というような英語の発音の音が出なかった。 「うーん、肩に力が入りすぎているわね。それに、そんなに強く、上の歯茎に舌を押しつけなくてもいいわよ、軽く、かるく当てる程度で…」 僕は、汗を掻き、そして、顔を赤らめながらも、何とか、がんばった。 「うーうー」から、やがて、「ルールー」というような声が、出だした。 「では、次は、アールの“ｒ”ね」 僕は、先生の拷問から、なかなか解放してもらえそうになかった…。 「“ｒ”は、舌先を口の中で少し浮かせ、舌先が口の中のどこにも触れないようにして、声を出してみましょう」 僕は、先生に、“ｒｅｄ”、“ｒｕｎ”、“ｒｉｎｇ”とかの単語の発音を言わされていた。 でも、僕が発音すると、先生には、反って、“ｌｅｄ”、“ｌｕｎ”、“ｌｉｎｇ”と聞こえるようだった。 舌先をどこにも触れさせず、口の中で浮かす、ということが、どうしてもできない。むしろ、舌先が、口蓋のどこかに触れているようにさえ感じられる。 先生は、一生懸命、“ｒｅｄ”、“ｒｕｎ”、“ｒｉｎｇ”と、実際に、僕の目の前で、発音をしてみせてくれた。 僕も、顔を赤らめながらも、それに応えようとしている。 「そうそう、咽喉の奥をすぼめるようにして、舌を巻く感じよね」 「そう、舌を巻く時、顎を少し引く感じにするといいわ。そう、そうよ、そう…」 先生の手取り足取りの指導で、やっと、“ｒｅｄ”、“ｒｕｎ”、“ｒｉｎｇ”の３つの単語の発音に、合格点がもらえたようだった。 これで、ようやく、椅子に座れると思った…。 「では、ｈｏｍｅｗｏｒｋを、“ｒ”のところに注意して、発音してみて」 先生が、ホーム・ワークの、「ワ（ｗ）」のところで、唇を細く突き出されているのが、僕の目に入った。 それで、僕は、“ｗｏｒｋ”の“ｗ”のところを、くちびるを突き出しながら、そして、“ｒ”のところを、巻き舌を使って、発音した。 「まぁ、いいでしょう。でもね、ローマ字読みは少しずつ直していきましょうね。やはり、自分自身で、英語らしい発音ができるようにならないと、まず、外国人の方の発音は聞き取れないわ。しっかり正しい発音して、しっかりリスニングできるようになりましょうね」 英語の授業が終わった。 僕は、ほっとしたというか、気が抜けた。 そのせいなのかどうか、放課後の、野球部の部活…。 せっかく、紅白戦で、７番ライトで、出してもらったのに。 ノー・ヒットに終わってしまっていた…。 僕は、ひとりで、グランド整備をしていた。 みんなは、簡単にやって、すぐにグランドを後にしていた…。 僕は、マウンドのところを、ひとりで、ていねいに、ならしていたのだ。 僕は、しかし、やはり、紅白戦でも、このマウンドに立つことができなかったのだ…。 「野村、どうしたんだ？」 そばに、監督がいた。 「すみません。せっかく、スタメンで起用してもらったのに」 「馬鹿。正式の試合でもあるまいし…」 「でも…」 「おまえ、今日は、バッター・ボックスに入ってる時、何か元気がなかったよな。集中力がないというか。どうしたんだ？」 「……」 「まさか、失恋でもしたとか？」 「えっ！」 「ジョウダン、冗談だよ。おまえが、あんまり、腑抜けたような顔、してたからさ」 「……」 「ウン、そうなのか？。もう、そんな失恋を経験するような年（とし）になったのか？」 「……」 「まぁ、気にするな。俺なんか、いい年（とし）こいて、いつも、片想いして、そして、失恋ばっかりや」 僕は、永岡監督を見た。 何か、遠くを見つめている目だった。 「監督、失恋したんですか？」 「うん、まぁ、な。いや、失恋などという、上等なもんじゃ、ないかもしれんが…」 「どうしたんです？」 「いや、なに。俺が勝手に、恋焦がれていただけのことで…」 「監督は、その人のこと、心の中で、好きだったんですね」 「まぁ、な」 「なんで、告白しなかったんですか？」 「告白なんて、そんなこと、できるわけがない」 「でも、告白しないことには、相手の人に伝わらないんじゃないんですか？」 「まぁ、そういうことは、まともな男の話でね｡俺なんか、そういう、まともなことができるレベルまで、達していないわけで、ね」 「そんなことはないです」 「そんなことが、世の中には、あるんだよ」 監督は、ちょっと、怒ったように、吐き捨てられた。 「その人、って、もしかして、大越先生」 「馬鹿、馬鹿…」 監督が、あわてている。 僕は、おかしくなった。 「そんな、遠慮せずに、告白すればよかったじゃないですか」 「馬鹿。おまえは、俺の年（年齢）、知ってるだろうが。しかも、向こうは、もう、試験に通っちゃったし。それじゃ、もうチャンスの芽は全く、なくなった、ってことよ」 「そうなんですか？」 「ああ、そうなんだ。俺は、嘱託の身分だし。向こうさんは、試験に通って正規職員になっちゃった。そして、来年３月の終わりには、この学校を去っていく。もう、結末が見えすぎちゃってる…」 僕は、かあさんが言ったことを思い出していた。 『嘱託というのはね、身分が不安定でね、いつ、雇い主の都合で、辞めさせられるか、わからないの。それに、ボーナスだってないのよ』 僕は、監督に聞いていた。 「監督、好きなだけじゃ、だめなんですか？」 「うん、たぶん、そうだろう」 「どうしてなんですか？」 「そりゃ、まあ、男なら、やっぱり、経済力とか、包容力とか、社会的な地位だとか、そういうものがないと…」 「好きなだけじゃ、だめなんですか？」 僕は、もう一度、しつこく、監督に聞いた。 「だめだ。好きなだけじゃ…」 監督は、怖い顔をして、言い放った、僕の顔にじゃなくて、地面に向かって…。 僕は、うちに帰っていた。 夕飯を食べ、風呂に入っていた。 僕は、湯に浸かりながら、考え事をしていた…。 （やはり、年（とし）も関係するだろうな？） 先生は、２４歳になられる、と、僕は聞いている。 とすれば、僕とは、１１才も、年（とし）が離れている、ということになる。 （やはり、経済力も関係するだろうな？） 先生は、もう、月に、何十万という給料をもらっておられるはずだ。 僕は、まったく稼ぎがない…。 それに、僕ときたら、先生を抱き締めたい、とか、先生にキスをしたいとか、そんなことしか、考えていない…。 僕は、首まで湯に浸かって、顔を洗った…。 目を瞑る。 先生の顔が思い浮かぶ。 そして、“ｗｅｔ，ｗｉｎｋ，ｗｅｓｔ”と、“ｗ”の子音を発音される、先生のくちびるが、大写しになって…。 そのくちびるは、細く突き出て、僕に迫って来るように思えた。 僕は、股間の上の腹に、何か力が加わったように感じた。 目を開け、下を見た。 股間のちん◯が、大きくなっていた…。 僕は、おそるおそる、湯の中の、ソレに触ってみた。 親指と人差し指で、ちん◯の先っぽをつまむ。 そして、つまみながら、親指と人差し指を上下動させてみた。 なぜだろう、気持ちがいい。 何か、おしっこをちびる前の、その時よりも、もっと気持ちがいいような気がする。 指の動きを速める。 と、親指と人差し指が、ちん◯の先っぽ（亀頭部）と陰茎との境目に当たった。 頭の中が、痺れるほどに、気持ちいい…。 僕は、その、えらが張ったというか、くびれたところを、指でしごく。 （ああ、ああっ） 言葉には出ないが、何とも言えない心地良さが、背骨を通り、後頭部にまで達していくような気がした。 僕は、お湯の中で、お尻を浮かしていた。 手の動きが速まる。 と、僕は、目の前を、稲妻のような光線が、飛び散ったように感じた。 「うっ、うううううっ」 僕は、目をしっかりと閉じ、うめいていた…。 何かが、お湯の中に発射されたようだった。 目を開ける。 お湯が白く濁っていた。 それに、ムッとするような匂いが鼻をつく…。 （あっ、ヤバイ！） かあさんが、まだ、入っていない。 僕は、急いで、お風呂の栓を抜いた。 そして、立ち上がり、ハンドルを回して、外のガラス戸を開け放った。 僕は、虚脱感に襲われ、はだかのまま、呆然と突っ立ちながら、お湯が少なくなっていくバスタブを眺めていた…。 （了） |
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| 2008.11.22掲載 |
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