| ３ 夢の中での出来事 日曜日の夜勤には、ナース・ステーションに待機すべき看護師の数も精選され、最低限の人数で組まれる。 それで、俺は、看護師の佐田川由香と、日曜日の午後７時、フレンチ・レストランで待ち合わせた。 佐田川由香は、３０分遅れてやって来た。 俺には引け目がある。 「来てくれないのでは、と思っていたよ」 .俺は、苦笑いしながら、由香に言った。 由香は、黙々と、フランス料理をたいらげていた。 俺は、けっこう、由香に気を使い、由香のグラスにワインを注いでやったりした。 俺には、確かに、後ろめたいところがあるのだ。 ともかくも、看護師の黒木舞を、自分の部屋に運び込んだのは事実なのだ。 でも、実際の淫行（いんこう）の場面を、由香に見られた、ということではないのだ。 だから、こちらから積極的に、弁解を言い立てる必要はない。 俺は、幾分か、開き直っていた。 もっとも、何か追求されて、にっちもさっちも行かなくなったらと思い、かなりの金額のお金を、キャッシュ・カードで引き落としては来ていたが…。 「お願いを聞いてもらえませんか？」 デザートのスウィートが終わり、コーヒーが出て、そのコーヒーを飲みながら、由香が俺に言葉をかけてきた。 「いいですよ。もっとも、僕にできればよいのですが…」 「先生ならできると思います」 「そうですか…」 俺は、照れ笑いをしている。 「わたしの友達なんですが…」 「はい…」 「彼女、イケないらしいんです」 「えっ！？」 俺は、まじまじと由香の顔を見つめる。 （何か、突拍子もないことを言う女だな、この女は…） 「色々と、やってはみたらしいんですが、どうしても」 「どうしても？」 「ええ、彼女、どうしても、イケないらしいんです」 「ふーん、どうしてなんだろう？」 （アレをやって、イケないなんて。やはり、男と女とでは、違うのだろうか。男なら、アレをやれば、だいたい１００％、イケるものなんだが…。もっとも、男とて、はじめて会社で管理職になったりして、ストレスが溜まると、アレが立たなくなることがある、とは聞くが…） 俺は、誘い水の言葉をかけてみる。 「君の彼女って、肉体的には健康的な子なんでしょうね。でも、職場で、何か、ストレスでも感じているんじゃないんですか？」 俺は、由香のことではないので、比較的冷静に話すことができた。 「そんなことはありません」 由香は、真っ直ぐに、俺の目を見て、言った。 俺は、由香の視線をはずすようにして、聞いてみた。 「彼女、オナニーはしていないんですか？」 オナニーで感じるなら、性行為でも感じられるはずなのだが。 「していないと思います」 「ふーん、そうですか」 普通、男の子なら、異性と性交渉をする以前の段階で、１００％近い者たちが、オナニーを経験しているはずだ。 女の子の場合は、ある統計によれば、オナニーの経験者は、７０％にとどまるという。 やはり、女の子の場合は、全員がオナニー体験者、ということにはならないようだ。 生理の時、タンポンを使えば…。 がしかし、最近は、ナプキンを使う女の子が多いと聞く。 ナプキンは、陰部にあてがうだけだ。 それでは、やはり、オナニーに至るのは、むずかしかもしれない…。 「ストレスでないとしたら、あと、原因として、何があるのかな？」 俺は、ためいきを吐きながら、由香に、逆に聞いていた。 「彼女の相手が、わるいんじゃないかと、わたしは思うんです…」 由香は、きっぱりと、そう言った。 「相手がねぇ〜」 俺は、気乗りのしない受け答えをしていた。 だって、そうだろう。 男同士なのだ。 相手をしているという男を、俺としては、責めたくはない。 俺だって、早漏気味だ。 相手の女がイカないうちに、自分だけ先にイッテしまうことだってある…。 「それで、お願いしたいのです。先生、今度、彼女の相手をしてやっていただけませんか？」 「えっ、俺が…」 相変わらず、由香は、目を逸らさずに、俺の目を見つめている。 まんざら、俺をからかっている風には見えない。 「しかし…」 俺は、返事に窮している。 「先生なら、慣れていらっしゃるから…」 「えっ！？」 「うちの病院で、みんな、うわさしているんです。先生は、遊び人で、女たらし、だと」 「えっ、そうなの？」 俺は、びっくりした。 （そんな噂があるんじゃ、黒木舞にも、よくは思われてはいないだろうなぁ。あの夜だって、黒木舞は、ちらっと、こっちは見たが、何の礼も言わず、出て行った。考えてみれば、黒木舞だって、俺に、何かしら不信感を持ったかもしれない…） ともかく、俺は、自己防衛に努めた。 「ああいうものは、やはり、気長にやるもので。それに、何と言っても、アレにも精神的なものが左右するし。だから、待っていれば、必ずいい人に恵まれて。そして、彼女もきっと、イケるように、なると思うね」 「では、けっこうです。先生には、もう頼みません」 佐田川由香は立ち上がり、レストランを出て行った。 俺は、後を追わなかった。 佐田川由香は、やはり俺と黒木舞との現場を見てはいなかった、と、確信めいたものを感じていたからだった。 それに、俺は、身を慎むべきだと思った。 院長である伯父に、甘えてばかりはいられない…。 その後、俺は、佐田川由香の様子を、それとなく、見ていた。 が、特に変わったようなことはなかった。 そして、俺は、黒木舞もそれとなく、観察していた。 つわりは、それほどでもなくなったようだ。 妊娠３カ月（８週〜１１週）の終わりごろになったのかもしれない。 この頃になると、つわりも、ほぼなくなって来るものなのだ。 そして、おなかは、まだ、めだちはしなかったが…。 が、残念なことに、俺は、だんだん、黒木舞の姿を見ることが少なくなっていた。 ひょっとしたら、高村婦長が、黒木舞を、昼間勤務（午前８時〜午後５時）中心のローテーションの中に、組み入れているのかもしれない。 俺は、どちらかといえば、今は、昼間の外来診察が少なくなって、午後から入院患者を診ることと、その後引き続く夜間勤務が多くなっていて、黒木舞と勤務の時間帯が、ズレはじめていたのだ…。 ある夜勤（夜間勤務）の日だった。 今のところ、飛び込みの患者もいなかった。 俺は、ナース・ステーションに声をかけ、それから自分の部屋に入っていった。 俺は久しぶりに、机に向かい、英文を読み始めていた。 英語の論文を読むのも、「慣れ」というものが必要な気がする。 毎日、少しずつでも読んでいると、けっこう、その英文の世界に入り込めやすいものだが。 しかし、なまけて、しばらく間をあけていると、再開の時、なかなか、スムーズに入り込めない。 やはり、日を置かず、こまめに、毎日、少しずつ読み進めるということが、大切なようだ。 せっかくの、大腸ガンの最新治療に関する論文であったのに、俺は、睡魔に襲われ、とうとう、その資料を放り投げて、簡易ベッドに横になってしまったのだ…。 俺は、夢を見ていた。 なんと、俺は、黒木舞と、テーマパークで、デイトをしているのだ。 黒木舞は、すでに結婚しているし。 俺は、一回り以上も、年が上だし。 性格もわるいし。 黒木舞が、デイトに付き合うはずがないのだ。 が、俺は、どうも、気が狂ってしまったらしい。 『会えない時間が、愛を育てる』というのに。 まさか、１６，７歳の子供でもあるまいし。 しかし、俺は、いい年をして、がまんができなくなってしまっていた…。 とうとう…。 午後５時過ぎだった。 病院の玄関先に、俺は立っていた。 勤務を終えて出て来る黒木舞を、俺は、待ち伏せていたのだ…。 『今度の日曜日、遊びに行かない？』 俺は、入場料と施設内の乗り物料金込みの、テーマパークのチケットを、彼女に渡していたのだ。 彼女は、不審そうに、俺を見ていた。 俺は、恥も外聞もなかった。 ひたすら、頭を下げていた。 が、何と、彼女は、そのチケットを受け取ってくれたのだ。 彼女の背中を見送りながら、俺は、夢ではないかと、思いっきり、自分の頬をつねってみた。 痛くなかった。 やはり、夢らしい。 が、覚めて欲しくない夢だった。 どうせ、救急患者が入れば、きっと、ナース・ステーションなどから緊急連絡が入り、否応なく、甘い夢から、覚まさせられるのだ。 それまで、このまま、いい夢を見させておいて欲しい…。 『あの観覧車に乗ってみたいわ』 彼女が言った。 俺は、大きな円を見上げる。 そして、一番高いところは、５０Ｍもありそうな気がした。 俺は、高いところは苦手だった。 しかし、大きな円を支えている軸は、しっかりしている。 少々の地震が起きたって、大丈夫だ。 それに、吊り篭（つりかご）は、トップの位置から、徐々に降りてくる。 いつまでも高い場所に居る、ということではないのだ。 『ああ、乗ろう、乗りましょう』 俺たちは、ゴンドラ（人の乗るつりかご）に入った。 彼女と、ふたりっきりになれた。 周囲は透明なガラス。外から多少は見られている。 でも、密室みたいで、何だか、ドキドキする。 が、だんだん、地面が遠ざかっていく。 不安になる。 しかし、彼女と一緒にいるんだ。 ひとりじゃないんだから、ゴンドラが高く上がっても、心丈夫だろう。 仮に、ゴンドラを釣っているワイヤーが切れて、ゴンドラが地面に落っこちるようなことがあっても、それはそれで本望だろう、彼女と一緒なんだから…。 が、さらに高く上がっていくにつれ、俺は、椅子に座っているにもかかわらず、足が震えはじめていた。 下は見ていないのに。 俺は、腋に汗を掻き始めていた…。 そのうち、頭から血の気が引きはじめ、顔が青ざめていくのがわかった。 （止めて欲しい、止まって欲しい…） 頭が、フラフラする。 もう、しっかりと腰を落ち着け、椅子に座っておれないのだ。 俺は、椅子からずり落ち、ゴンドラの床に膝をついていた。 彼女を見上げていた。 『ごめんなさい。僕は、高所恐怖症なんです。お願いします、ゴンドラが地面に降りるまで、あなたの膝を貸してください』 彼女は、目を丸くしたままだった。 承諾は得られなかった。 しかし、吐き気がしそうなくらい、気分がわるくなった。 俺は、ガバッと、彼女の膝の上に、顔をくっつけ、彼女の下肢を胸に掻きいだいていた。 あたたかい。 それにやわらかい。 彼女の、太腿の上のところは。 それにいい匂いがする。 化粧の匂いなんかじゃない。 きっと、彼女のからだの匂いなんだ。 その匂いを嗅ぐうちに、俺は、本当に、気持ちが落ち着きはじめた。 からだの震えも止まっている。 でも、なぜか、いや、彼女が恋しいのだろうか、彼女の膝から下の下肢のところを、俺は、ギュッと握りしめていた…。 観覧車のゴンドラが止まった。 彼女の膝から顔を上げる。 水平の視線で、地面が見えた。 ゴンドラは、無事、地面に到着したらしい…。 俺たちは、ゴンドラを降りていた。 『ごめんなさい。自分としては、大丈夫だと思っていたのに…』 俺は、しきりに、あやまった。 が、彼女は何も言わなかった。 気になる。 あんな風に、膝の上に、顔をくっつけるなんて。 変態だ。 いや、セクハラも、いいところだ。 俺は、彼女が元気をなくしているので、つい、何かと、しゃべり続けた。 と、俺たちの目の前に、急に四人の男が立ちはだかった。 よく見ると、学生っぽい連中だった。 はたちを過ぎたばかりのような若い男の子たちであって。 やくざではなかった、決して。 それで、俺は、ニコッと笑い、前を通してもらうよう、頭を下げた。 『いい年こいて、何だよ、おっさん。そのかわいい子、俺たちに貸してくんない？』 『いやいや、その、今、彼女とは、デイト中で。あなた方にお貸しすることはできません』 『何だと！』 『キッ！』 俺は、彼らを睨み返していた。 やくざじゃないんだ、恐れることはない。 が、俺は、誰かに殴られ、横に吹っ飛んでいた。 が、俺にも意地があった。 黒木舞の前で、あんまりみっともないまねはできない。 俺は、立ち向かっていった。 たかが、俺より、はるかに年下の男の子たち、四人じゃないか。 しかし、どうしてか、俺は、足がもつれていた。 で、俺のパンチは、全然、相手の男の子たちに、当たらないのだ。 そして、逆に、俺は、彼らの一人から、アッパーカットを喰らってしまっていた…。 『先生、大丈夫ですか？』 見ると、そばに、黒木舞がいた。 俺は、ベッドの上に仰向けに寝ていたのだ。 『ここは、どこ？』 『遊園地の事務室の中の、休憩室らしいです』 『ああ、そうなの』 俺は、落ち込む。 たぶん、あの連中に殴られているうちに気を失い、警備員か何かの手によって、この事務室に運びこまれたんだろう。 『すみません。あなたを誘いながら、こんなことになっちゃって。本当に、ごめんなさい』 実際、俺は、あやまるしかなかった。 それに、あやまるしか能がない自分が情けなくて、俺は、泣いてしまっていた…。 どうしてなんだろう。 彼女は、俺のことなんか、放っておいて、もう自分の家に帰ればいいのに。 『先生のうちまで、送って行きます』 彼女は、そう言って、俺に付き合うのだ。 俺は、自分のマンションに向かう電車に乗り込む。 しかし、彼女も自ら、その電車に乗り込んで来るのだ。 俺は、黙ったまま、吊り輪にぶらさがっていた。 ホームに降り立った。 俺は、黒木舞に言った。 『僕のマンションは、この駅から、もう近いんです。もう大丈夫です。もうすぐ、向かいのホームに、上りの電車が入ってきますから、どうぞ、その電車でお帰りになってください』 俺は、黒木舞に、背を向けた。 改札口に向かって歩いていく。 俺は、本当は、走って逃げたかった。 穴があったら、入りたい気持ちだ。 高所恐怖症。 彼女を守りたかったのに…。 しかし、反って、みじめな結果になってしまった…。 俺は、マンションに着いた。 何となく、郵便受けをチェックしていた。 が、嗅いだことのある匂いがする。 俺は、横を見た。 『あっ！』 黒木舞だった。 上りの電車に乗ったはずの彼女が、どうして、今、ここに…。 『どうして、どうして！』 俺は、泣きながら、彼女を抱き寄せていた。 彼女は逆らわなかった。 俺は、しっかり、しっかりと、彼女を抱き締めていた。 恥の上塗りだった。 『ごめんね、ごめんね』 彼女にあやまりながらも、俺は、しっかりと、股間のジュニアを硬くしていた。 彼女の小さなお尻を引き寄せる。 そして、俺は、自分の股間をしっかりと彼女の股間に押し付けていた。 俺は、夢中で、彼女の唇を吸っていた。 紫色をした、ブルーベリーの、さわやかな匂いがした。 口紅の匂いなのだろうか？。 すると、今度は、彼女の雌の匂いがムーンと、におい立って来た。 たまらず、俺は、ディープ・キスに移っていく。 ジーンと、頭の中が痺れて来た。 頭の中が真っ白になる。 もう、立ってはおられない…。 が、そのとき、俺は、ズボンの下で、激しく射精をしていた…。 『愛している、愛しているんだ、だから、許して欲しい！』 俺は、彼女の耳元に口をつけ、泣きながらあやまっていた…。 愛しているなら、何をやってもいいのか！ いや、そうではあるまい。 愛には、愛にふさわしい表現の仕方があるはずなのだ。 がしかし、歯車の毀れた俺には、わからないのだ…、 どうやって人を愛していいのか、どうやって愛する人を愛せばいいのか…。 「チリチリ、チリチリ・・・」 ケータイが鳴っている。 俺は、簡易ベッドのそばに置いてあったケータイを手に取った。 「もしもし」 「先生、急患です。すぐに降りて来てください」 「わかった」 俺は、簡易ベッドから起き上がった。 が、下半身が何やら、気持ち悪い。 股間のところが、ヌルヌルしているのだ。 ベルトをゆるめて、ズボンの中を見てみる。 どうやら、夢精をしたようだ。 俺は、コンビニで買って、机の引き出しに入れてあったトランクスを取り出した。 下着を取り替え、俺は、何事もなかったような顔をし、エレベーターを使わず、非常階段を使って、階下に降りて行った…。 （つづく） |
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| 2009.1.10掲載 |
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