| ９ 見合いの話も断って 「どうだ、この人は。もう、そろそろ身を固めたらどうだ」 俺は、伯父である理事長に呼ばれていた。 「……」 逆らえない、伯父には。 俺を拾ってくれたのだから。 「相手は、開業医のひとり娘さんだ。養子には入らなくてはならないかもしれんが。決してわるい話ではない」 「……」 確かに、伯父の言うように、決して悪い話ではない。 個人病院を開業するとなれば、非常にたくさんの資金が要る。 今の俺に、それほどの預金はない。 しかし、相手の女性のことを考えると、どうしても、ふんぎりがつかない。 （俺のことはいい。しかし、相手の女性が、俺と結婚して、果たして幸せになれるだろうか？） 「少し、考えさせてください」 「まぁ、いいが。しかし、こういうものは、決断が大事なんだ。おまえも、いい年だ。そろそろ勤務医を辞めて、個人病院の主（ぬし）になってもいい…」 「いや、僕には、とても…。そんな社交的でもないし。患者さんとは、どうしても、うまく…」 「いざとなれば、やれるもんだ。妻子を養っていかねばならんのだ。青臭いことを言っていてもはじまらん」 「……」 俺は、理事長室を後にした。 実際、俺は、個人病院を経営するほどの才覚はない。 第一、頭脳の、どこかの歯車が壊れた俺が、患者さんとうまくコミュニケーションを取れるはずがない。 勤務医として、ボチボチとやっていた方がはるかに楽だ。 確かに、夜勤はある。 急患もある。 不規則な勤務形態であることには間違いがない。 しかし、俺としては、だいぶ、慣れてきた。 ともかく、どこででも、眠ることができるようになった。 そこが、職員食堂であれ、喫茶室であれ、ナース・ステーションであれ、手術室隣りの準備室であれ…。 アラームをかけておけば、３０分単位で眠り、そして目覚めることができるようになったのだ。 ３０分、６０分、９０分と、たとえ小刻みであろうが、それらを積み重ねれば、１日２４時間のなかで、最低６時間、寝る時間を取るように努力している…。 近頃、佐田川由香の、俺を見る目がちがってきているように思えるのだが…。 うぬぼれだろうか？。 うぬぼれかもしれない。 理性という歯車が毀れ、色欲という細胞のみが増殖した俺のことだ、自惚れに違いない…。 ともかく、佐田川由香が、何かしら、潤んだような瞳で、俺を見つめるのだ。 コンタクト・レンズにゴミでも入り、目が痛いのだろうか？ そうであろう。 実際、セックスをしたといっても、粘膜と粘膜の接触にしか過ぎないではないか。 湿ったヴァギナに勃起したペニスを宛がうことと、汗で湿った女の人の手をゴツゴツとした骨太い手で握るのとで、どれだけの差があるというのだろうか。 握手の時には、確かに、アクメというか、オルガスムスというのは、ないかもしれない。 しかし、アクメとて、わずか、１０秒程度のものであろう。 １時間も２時間も続くものではない。 そんな１０秒程度の快楽のために、すべての人生を投げ出すなんて、まったく馬鹿げている。 彼女には、優しい人が必要なんだ。 俺は、確かに、６年間、医学部で勉強し、国家試験にも合格した。 由香だって、３年間、看護の専門学校で勉強し、国家試験に合格した。 たった、３年の修学年数しか、違わないじゃないか！。 が、なんと言うことなんだ。 医師という俺の待遇は良くて…。 それに比べ、由香の看護師という職業は、なんて過酷な労働で、なんて不規則な勤務形態なんだ！。 職場では確かに、不公平がある。 しかし、由香は、家庭的には幸せになるべきだ。 俺以外の男と結婚して…。 時々、３階の廊下や、３階に上がる階段で、由香と、すれ違うことがあった。 「先生、あさってのお昼頃は、空いていませんか？」 「うーん、手術が入っているな」 「彼女が、会いたいと言っているんです、先生に」 「まさか」 「本当です」 「じゃ、君からことわっておいてよ」 「でも…」 「ところで、黒木舞さんのところ、生れたんだよね。男の子だったんだってね。きっと、黒木舞さんに似て、かわいい赤ちゃんなんだろうね」 「……」 俺は、ともかく、由香の前で、黒木舞のことを、わざと話題に出した。 黒木舞のことを言うと、由香が、そんなことはあまり聞きたくない、とでも言う様に、顔をゆがめるからだ。 そして、それでもしつこく黒木舞のことを聞くと、由香は、俺のそばから遠ざかって行く…。 「呼んでくれて、ありがとう」 現金を渡すと、デリヘル嬢のＲｅｉが、礼を言った。 「実際、不景気で、近頃は、お呼びがなくて…」 Ｒｅｉがちょっと、不満そうに言う。 「そうなの？」 歯車の毀れた俺には、ちょっとわからない。 世の中が不景気なら、余計に、パチンコ屋とか、フーゾク店は、もうかると思っていたのに…。 が、どう財布をひっくり返したところで、最近の男どもには、遊興・娯楽費に回すお金は出ないらしい。 それほどに、不景気ということか…。 彼女は、バス・ルームに向かう。 彼女は、バツイチらしい。 そして、小さい女の子がいるらしい…。 俺は、彼女をベッドで待っている。 伯父の怒った顔が、目の前に浮かぶ。 『いいかげんにしろ！。こんないい話をことわるなんて、なんて奴だ、おまえは！』 そう伯父に言われ、俺は、実際、しょげてしまっている…。 「何を考えているの？」 そばにＲｅｉが居た、バスタオルを巻いて。 彼女はれっきとした日本人だ。 Ｒｅｉは、『アイザック・デリヘル・センター』の源氏名なのだ。 「別に、何も」 と、俺は答えながら、机の引き出しから、コンドームを取り出す。 自分の部屋に、彼女を派遣してもらったからだ。 なにせ、急患があり、緊急の呼び出しがあっても、この部屋からなら、５分以内で病院に駆けつけられる…。 彼女は、バスタオルを脱ぎ、ベッドの上に座った。 そして、真っ裸のまま、股を広げ、ヴァギナに、オイルを塗っていた。 どうも、彼女は淫液が少ないらしい。 もっともなことだと思う。 好きな男とやるわけではない。商売なのだから。 が、しかし、歯車の毀れた俺は、彼女が股を広げて、オイルを塗っているのを見ていると、徐々に、ペニスが膨らんできた。 彼女が近寄り、指で、俺のペニスをしごく。 そして、キッスをしてきた。 すると、俺のペニスは、コンドームが嵌められるほどに硬くなってきた。 俺たちは、すでに重なり合っていた。 デープキッスをするうちに、ペニスは、スルリと、彼女のヴァギナの中に納まっていた…。 「もう、つながったみたいだね」 俺は、照れていた。 「動いてもいいよ」 彼女は、そう言った。 実際、好きな女となら、ピストン運動も、２，３回すれば、出そうになるものかもしれないが…。 こうして、デリヘル嬢とやる分には、けっこう持続時間が長くなる。 まったく不思議なことだ。 セックスの快感度にも、やはり、精神的なものが関係しているのかもしれない…。 俺は、動く。 と、彼女も下から、腰を動かしている。 背中の上部と、足の踵とを使って、お尻を浮かせていているので、下になっている彼女自身も、腰を動かせるようなのだ。 彼女は、１回、１時間程度のエアロビクスらしいが、それでも、週２〜３回は、スポーツ・ジムに通っているらしい…。 それにしても、俺の動きに合わせ、腰を上下動させてくれるが、俺にとって、気持ちいいことは、気持ちいいのだ。 が、その気持ち良さの中で、俺は、伯父に、いや、世間の人間に、反発していた…。 歯車の毀れた男に、開業医なんか、務まるはずがないのだ。 例えば、俺が開業して、俺の病院に、近所のおばあちゃんが、よく来てくれるようになるとする。 しかし、そんなお客さまをもてなす心なんて、俺には持ちようがないではないか…。 『おばあちゃん、こんにちは。今日は、よいお天気ですね』 『おばあちゃん、おからだの具合は、いかがですか？』。 『おばあちゃん、いつものお薬、出しておきますからね。しっかり飲んでくださいね』 『おばあちゃん、いつもまでも元気で、長生きしましょうね』 少なくとも、俺には、お客さまを確保するためのおべんちゃら（＝お愛想）など、決して言えない。 それに、個人病院とて、看護師や事務の人が要る。 彼女たちに気持ちよく働いてもらうためには、時にはお愛想だって言わなくてはならないだろう。 それに、新しい医療機器を導入したところで、どうやって、その借金を返済していったらいいのだろう？。 伯父には、確かにわるいことをした、と思う。 しかし、その見合いの人と結婚して、開業医として出発したとしても、やがて病院経営に行き詰まり、離婚騒動までに発展したとしたら、余計のこと、伯父に迷惑がかかるのではないだろうか？。 今ことわって、正解ではなかっただろうか？。 「何を考えているの？」 Ｒｅｉが下から聞く。 「何も…」 俺は上から答える。 「気持ち、良くないの？」 「いや、とってもいいよ」 「イけそう？」 「もちろんさ。でも、どうして？」 「やっぱり、あなたには、イってもらいたいから…」 「ふーん。やはり、俺が、君のお得意様だからか？…」 「フン、イケズ（いけ好かない人）！」 俺は、ちょっと、乱暴に動いた。 「痛いな…」 彼女が、額に皺を寄せ、きつい目をした。 しかたがない。 動くとすれば、ゆっくり、動くしかない。 俺は、大きなストロークで、腰を上下動させた。 「痛いよ、やっぱり」 彼女が、下から訴える。 「しようがないなぁ」 俺は、上から、つぶやく。 「じゃ、攻守、ところを変えようじゃないか」 俺は、Ｒｅｉに提案する。 「えっ、なに？」 「つまり、俺が下になる。君が上になり、そして、君が動けばいい、あそこが痛くない程度に、さ…」 「うーん、じゃ、そうさせてもらおうかしら」 彼女は、俺の提案を受け入れてくれた。 やはり、彼女にしても、お客さまに、最終的には、イってもらわなくては困るらしい。 俺は、仰向けになった。 彼女は、跨ってきた。 俺のペニスをつまみ、それを自分のヴァギナに納め入れた。 彼女が、上下に動く。 気持ちがいい。 が、なかなか射精にまで行きそうにない。 なぜだろう、お酒も飲んでいない、というのに…。 下から見上げるに、彼女が一生、努めていてくれる。 そろそろ出してやらなくては。 いくら仕事とはいえ、彼女だって、大変だろう…。 俺は、目を瞑った。 黒木舞が、目の前に現われた。 『先生、好きです』 『うそだ。そんなことありえない』 『先生は、いい人だから、本当は…』 『馬鹿な。俺はわるい男だ。人妻の君を好きになって…』 黒木舞が、とても悲しそうな目をして、俺を見つめた。 どうして、女って、馬鹿なんだろう。 そんな顔をすれば、反って、男の心を燃やす、ということに気がつかない…。 『君は人妻なのに。でも、俺は、君のことを好きになってしまった…』 『……』 『ブレーキが効かないんだ、俺という男は』 『……』 『俺のような男には近づかない方がいいよ』 『でも、心配なんです、先生のことが…』 『馬鹿な。俺は大丈夫だ。君は君のことを心配していればいいんだ』 『でも…』 どうして、女って、馬鹿なんだろう。 そんな風に同情すれば、反って、男の情欲に火をつける、ということに気がつかない。 『馬鹿だね、君は。君が俺のことを心配したって、俺は、君のことを心配したりはしない。ただ、君のからだが欲しいだけだ。君を抱きたいだけなんだ』 『……』 『俺は、女としての君しか見ていない！』 実際のところ、黒木舞は、近頃元気のない、また、伯父に叱られて落ち込んでいる俺のことを、心配しているだけなんだ。 それなのに、俺は、彼女をおのれの欲望の対象としてしか見ていない。 俺は、無謀にも、上で動いていた彼女を、ベッドの上に引きずり降ろし、仰向けに寝させていた。 そして、彼女のからだの上に、おおいかぶさり、股を広げさせ、槍のように硬くなったペニスを股間に突き刺していた。 『許して、お願い、許して』 下から彼女が懇願していた…。 が、俺は、容赦しなかった、酒に酔っているわけでもないのに。 俺は、ただ、肉の欲望を一刻も早く、解き放ちたかった…。 俺は、彼女の両手を押えつけ、そして、腰を動かした。 彼女が、髪を振り乱して顔を左右に振っている。 が、それすらもが、俺の情欲に油を注ぐ。 早いピッチで、俺は、俺の腰を彼女の股間に打ちつけていた。 彼女は、俺の腰に、しっかりと抱きつき、俺の動きを止めようとした。 が、俺は、彼女の意志は無視し、彼女の腰を抱え込み、反って激しく動いた。 と、俺は、暗闇の中で、黄色い花火が散るのを見た。 そして、したたかに、彼女のからだの中に、熱い精を放っていた…。 （つづく） |
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| 2009.3.14掲載 |
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