５　僕という人間の存在理由

　僕は、彼女の肩先に、顔をくっつけていた…。
　彼女のバスローブの肩先が、ちょっと涙で濡れたかもしれない…。
　
　僕は、もういい年をしている。
　僕の友達の品川君は、すでに死んでいた…。
　それは、彼が３４歳の時だった。

　彼もまた、バイトしながら、小説を書いていた。
　彼は、当時、商業雑誌の文学新人賞をねらっていた。で、いつも、一次、二次を通過し、三次までは行っていた。三次予選を通過した者は、その雑誌に名前と作品の題名が掲載された。
　しかし、この三次をクリアしたとしても、その上の入選作品にまでは、なかなかなれなかったのだ。入選さえすれば、その雑誌に作品が掲載され、原稿料も入るのだが…。
　品川君は、ほんのもう一歩というところだったのに…。どうしたことか、彼は自殺してしまったのだ。山の中に入り、首をくくっていた。遺書はなかった。
　自殺の一週間前、僕は、品川君に会っていた、喫茶店で。僕のアパートを訪ねてくれて。それで、近くの喫茶店に行ったのだ。特に変わったところはなかったのに。ただ、品川君は、別れ際に、ふと、僕に言った、『おれって、親不孝だね。せめて、おふくろには親孝行したかったのにな…』と。

　品川君は、今の俺を見て、どう言うだろうか？。

　しかし、俺は生きたかった。死ねなかった。寿命が来て死ぬまでは生きようと思った。そして、これからも生きて行くなら、せめて、生きることのつらさを紛らわすために、小説でも書こうと思った…。僕にとって、小説以外のことは、すべて、どうでもいいことだった…。
　
「何を考えているの？」
　彼女の声がした。
「いえ、別に」

「そんな、うそを言ってはダメよ」
「すみません、ちょっと、考え事を」
「何を？」
「友達のことです」
「女ともだち？」
「いえ、男ともだちです。もっとも、もう亡くなりましたが」
「えっ、じゃ、癌かなにかで？」
「ええ、そうです」

　僕は、嘘を言った。
　実際、彼女の前で、『自殺』なんて、言えやしない。
　
　僕たちは金持ちではない。
　お金持ちのセレブにとっては、経済的に生活を破綻してしまうような人間は、弱くてダメな人間であり、経済的自立を果たさないような人間には、社会人としての存在価値すら認めようとはしないだろうから。

「あなたは？」
「僕は、大丈夫です。時々、風邪を引いたりはしますが、今まで、大病はしたことがないですから」
「そぉ、それでいいの、それでいいのよ。人間、まず健康でなくっちゃ…」
「……」

　僕は、多少、彼女に、僕の存在価値というのを認めてもらったのだろうか？。
　いや、それはないだろう。

　がしかし、セレブといっても、それは、狭義には、経済的強者のことをいうのであり、彼女が肉体的にも優れているとは、必ずしも言えないかもしれない。
　例えば、肉体の中味、内臓力などはともかく、身体的・外見的なことでいえば、彼女は、それほど上背に恵まれているとはいえず、また、バストが大きいというわけでもない…。

（彼女の、セックスの感度は、どうなんだろうか？）

　僕は、書き手なら誰もが持っている好奇心というものに駆られていた…。

　僕は、自然な形で、彼女の目の前にからだを移動させていた。
　僕が正面に来ると、彼女が、ハッとしたように、目を大きく見開いたのがわかった。

　僕は、物怖じしなかった。僕には、自殺した品川君の魂が乗り移って来たのかもしれなかった。
『篠原、俺に替わって、いい小説を書いてくれ』
　そんな品川君の声が聞こえて来そうな気がした。

　僕は、品川君のようないい小説は書けないかもしれない。また、品川君ほどの勇気もない。けれども、せめて、品川君の分まで、長生きをしなくてはと考えていた。

　今、実際、僕は、品川君が経験できなかったようなことを経験している…。

　僕は、彼女のバスローブの紐をほどいた。そして、それを前からゆっくりぬがせていく。
　彼女はブラジャーをしていなかった。
　バスローブの袖を通して、腕を抜かせていく。
　おっぱいは、大きくはなかった。しかし、形は崩れていなかった。小さなお椀を伏せたような、しっかりと形を保った乳房だった。
　顔の色に比べ、胸の膚色は、さほど白い、というほどでもなく、黄土色に近い、黄色がかった色をしていた。

　僕は、椅子に座っている彼女の足を、左右に開いてもらい、その間に僕の体を入れ、ひざまずいた。
　そして、僕は、彼女の腰の横に手をやり、彼女のお臍に、僕のくちびるをくっつけていった。

「くっすぐったいわ」
　頭上から、彼女のくぐもった声が聞こえてきた。しかし、僕は、それに気がつかないかのように、僕自身の行動に気持ちを集中させた。
　なぜなら、彼女の茂みを早く見たかったからだ。

　僕は、くちびるを這わせ、それを、臍の下から、その下にあるだろう恥骨の方に向って、移動をさせ、同時に、彼女の横腰に当てていた手を下の方に降ろしはじめていた。

　その僕の手が、パンティの両端のゴムのところにひっ掛かる。僕は、パンティを引きずり下していく。
　彼女のお尻の横の、大きな丸っこい、少し出張った骨のところに、パンティのゴムが来たとき、彼女が少し、腰を上に浮かしてくれたような気がした。それで、僕は、急いで、パンティをお尻の下から引っ張り出し、太腿の上のあたりまで、一気に引き寄せた。

　それからは楽だった。
　パンティを膝頭へ、そして、さらに降ろし、彼女には、ちょっと、足を床の絨毯から上げてもらい、足首を通して、完全に抜き取ってしまった。
　と、安心したのも、つかの間だった。
　彼女ときたら、完全に股を閉じてしまっているのだった。
　
　僕は、両手で、そこをこじ開けようとした。
　ところが、なんと、そこが開かないのだ。
　僕は、懸命に力を入れた。
　だめだった。
　実際、これでは、警備員として正規の社員になれないはずだと思った。
　僕は、セックスも、ややもすれば、早漏気味だった。なぜなら、グラビア写真の、裸の女の子を見ながら、こすっていると、すぐにというか、ニこすり半というか、ともかく、楽に射精できるのだった。
　腕力もない、早漏気味。これでは、強姦すらできない…。相手の女性のスカートを脱がした時点で、もう興奮のあまり、スボンの下、いや、トランクスの下で、精をもらし、攻めるべき棍棒を、フニャフニャなフランクフルトにしてしまうだろう。

「いじわるですね」
　僕は、下を向いたまま、ふて腐れたように言った。
「そこを開けるのが、テクニックでしょ」
　彼女の声がした。
　僕は、顔を上げ、彼女の顔を見上げた。
　笑っていた。しかし、その笑顔に、軽蔑の色はない。むしろ、とてもセクシーで魅力的だった。
（素敵な笑顔だ。この笑顔を思い出しながら、オナれば、きっと、楽に、射精できる）
　僕には、そう確信できた。
　だから、もう未練はなかった。
　これ以上やっても、彼女がイク前に射精してしまい、ひょっとして、彼女のご機嫌を損なうかもしれない。ここらあたりが退け時かもしれない…。
　僕は、絨毯の上から立ち上がり、椅子に腰掛けている彼女を見下ろしながら、演技をした。
「これじゃ、まるで、おいしいスープを目の前に出されて、『これは、他のお客さまにお出しするものでした』と、すぐに引き下げられたと同然の仕打ちじゃありませんか。僕は、そうまでして、このレストランで食事をしたいとは思いません。レストランは、この近くに、何軒もありますから…」
　僕は、浴室の方に向った。浴室前にある脱衣場のクローゼットの中に、僕は、脱いだ洋服をしまっていたからだった。
　僕は、バスローブを脱ぎ捨て、上のシャツを着た。時計を見た。まだ、勤務時間に間に合う。急いで、代替勤務を頼んだ磯貝に電話をすれば、彼に渡すお礼の金が倹約できる。僕は、ケータイを取り、着信暦から磯貝の番号のところを探した…。

「何しているの？」
　振り返ると、彼女がいた。
「あっ、その、今日の勤務を代わってもらうことにしていた友達に、連絡をしようと思って」
「どうして？」
「だって、あなたがいじわるだから。どうせ、僕なんか、万年負け犬ですから…」
「まぁ、子どもみたいね」
「子どもじゃないですよ。もう、れっきとした中年です」
「成長していないのね。がっかりだわ」
「そんなもんですよ、僕なんかは」

「小説を書く人、って、もっと、世間のことをよく知ってて、大人だと思っていたのに…」
「すみません。確かに、そういう人たちの方が、大半なんです。でも、僕の場合は、ただ、暇つぶしに書いているだけですから。僕と、他の書き手の人たちとを一緒にしてあげないでください。僕は軽蔑されて当然ですが、他の書き手の人たちは、そんな風に侮辱しないでください」
「何も、侮辱なんか、していないわ。小説を書く人たち、って、やはり、自分を客観化できるし、世の中のこと、社会の各層にいる人間たちのこと、ちゃんとよく観察しているわ。だから、むしろ、わたしは尊敬しているわ」
「……」
　僕は、泣きたくなった。
　そうなのだ。彼女の言うとおりなのだ。
　
　小説家というのは、人間を良く見つめて、人間の心理をよく書き込んでいるのだ。そして、社会を見つめ、その社会が抱えている良いところも、そして矛盾しているところも、ちゃんと分析して書いている。
　が、僕のような者は、ただ、エッチなことを書いて、小遣い銭稼ぎをやっているだけなのだ。それは、小説家などというものではなく、売文家と言われても仕方がないようなことなのだ。

「さぁ、戻りましょう」
「えっ！」
「おいしいスープを取り上げられて、臍を曲げている、お坊ちゃん」
「僕は、お坊ちゃんなんかじゃありません」
「あなたは、お坊ちゃんよ、世間知らずの…」
「ああ、そういう意味での、お坊ちゃんですか」
「で、あなたは、どういう意味で捉えたの？」
「いや、その、お坊ちゃんというのは、お金持ちの家に生まれた子というか。が、僕は、お金持ちの家になんか、生まれていないですからね、決して…」
「まぁっ、あきれた。でも、そんなこと、どうでもいいことじゃないの」
「……」
　僕も、これ以上、議論する必要は感じなかった。
　要するに、彼女が指摘した、『世間知らず』ということは、まさしく当たっているのだ。だから僕の書く物は、薄っぺらなのだろう…。

「で、どうする、飲むの、飲まないの」
　彼女ときたら、ちょっと、胸を張って、澄ましている。
　しゃく（癪）に障った。
　僕の心を見透かしているのだ。
　で、僕は、彼女の方を向いて、言ってやった。
「せっかく、おいしい汁を飲めると思ったのに…」
　言いながら、僕は、自分で言っていることが恥ずかしくなって、顔をうつむけた。

　僕の感覚の中から、彼女の気配が消えていた。
　僕は、顔を上げた、やはり、彼女は立ち去っていた。
　僕は、迷った。
　が、プライドよりも、唇や口や、舌や咽喉元が、エッチな飲み物を欲していた。

（あやまりさえすれば、おいしいえさにありつける）　
　僕は、足を前に踏み出していた。
　
　椅子があった。が、彼女がいない。横を見ると、彼女らしい物体が。彼女は、ベッドにいた、頭から白いシーツをかぶって。
　
そうだ、僕は、世間知らずなんだ。
　実際、会費５，０００円で、あんなおいしいフルコースのフランス料理が食べられるはずがないではないか。それに、こんな広い部屋、豪華なバスルーム、大きなダブルベッド、部屋代だって相当な金額になるだろう。
　結局、僕らは、お金持ちの御婦人たちに雇われた、セックス奉仕隊の一員に過ぎないのだ。
　
　であるなら、今さら、早漏だの短小などと言ってはおられない。きちんと、報酬に見合うだけの労働をしなくては、男がすた（廃）るというものだ。

　僕は、着ていた上のシャツを脱いだ。そして、トランクスだけになって、べッドの下の方から、ベッドの上に這い上がって行った。
　シーツをめくる。
　彼女の下肢が見えた。それは、けっこう形が良くて、セクシーだったので、早や、トランクスの中のペニスは大きくなっていた。そして、胸が高鳴る。
　昔むかし、田舎の村で、若い男が、後家さんの家に夜這いに入る時が、こんな気持ちではなかっただろうか。

　僕は、彼女の足首を手でにぎり、足指にキスをした。そして、彼女の足指と足指のあいだに、僕の指を入れて、こすってやった。

　ふくろはぎを撫でつつ、膝頭を手の平でこねるようにして愛撫する。

　右足の太腿の内側を静かに手でなで回すとともに、左足の太腿の上を指先で撫で、時に、内腿のやわらかな筋肉に、唇を這わせる。
　彼女の内腿は、スベスベとしていて、手でなでていても、くちびるを這わせても、僕にとっては、とても心をそそられるものがあった…。

　僕は、裂け目に、しっかりと顔を近づけていく。
　暗いけれども、窪み全体の模様が見て取れる。
　窪みの底は、草叢で覆われていて、十分見えないものの、やはり、底にあるだろう泉のほとりは、ヒクヒクと蠢いているようであり、僕には卑猥な感じを与えていた。

　茂みに唇を這わせると、匂いが来た。
　その匂いには記憶があった。
　さっき、僕がバスルームで使った、ボディ・ソープの匂いだった。

　陰毛は細目だった。茂みはそんなに深くはない。
　亀裂全体は、それほど大きいとは思われなかった。むしろ小さすぎるように思え、僕のモノを受け入れるとき、彼女は痛みを感じないだろうかと、多少不安すら覚えるほどだった。

（しっかり濡らさないと）
　僕は、そう自分に言い聞かせていた。

　クリトリスが見えない。
　茂みに隠れているのだろう。たぶん、クリトリスも、さほど大きい方ではないのだろう。

　付け根のところを、まるで指圧でもするかのように、中指で押したり、揉んだりしてみる。
　彼女は、くすぐったいのか、気持ちいいのか、ともかく、からだを左右に揺らして、反応を示してくれた。

　割れ目を舌で、下から舐め上げる。
　その舌は、彼女の淫液でベットリと濡れる。
　僕は、唇を尖らせながら、谷間に顔をくっつけて、割れ目の底の泉から沸き出ずる淫液を啜ってみる。
　が、その淫液は、無色無臭で、しかも、味はほとんどしなかった。
　スポーツ新聞のエロ記事面の体験告白などでは、『少し粘っこく、しょっぱい味がした』などと書いてあったのに、少し、がっかりした。
　しかし、彼女の淫液を啜れば啜るほど、滾々と奥から湧き出してくるのは、僕にとっては、ペニスがギューンと反り返るほどに、興奮させられるものがあった。

　僕は、淫液を啜るのに飽きると、今度は、舌の先に、やや力を込め、クリトリスがあると思われるあたりに、だいたいの見当をつけて、探ってみる。と、硬くした僕の舌先が、コツンとばかりに、固い豆粒のようなものに突き当たる。僕は、指先で、茂みの上のところに生えている陰毛をていねいに左右に掻き分け、舌先が十分にクリトリスを捉えるようにした。そして、コリコリッとしたその部分を舌先で、コツン、コツンと突っついた。すると、彼女は、まるで、そこから背筋にかけてと、足先にかけて、電流でも走ったかのように、全身を硬直させた。
　そして、なおも、僕が、その硬くなったクリトリスを、口をすぼめて、吸い上げると、
「あっ、あああ、アアアアッ」
　と、彼女は呻いた。
　そして、からだを左右にしきりに揺らす。
　僕は、彼女の腰のあたりをしっかりと押さえつけた。そして、クリトリスを、舌先でチロチロと舐め続けていく。
　と、その時、彼女は、「ウグッ！」と呻き声を上げたかと思うと、僕の頭をしっかりとまたぐらで挟み込み、グーンと、からだを弓なりに反らせ、華奢な上半身をくねらせながら、下肢を激しく痙攣させていた。
（つづく）