６　彼女のアパートに行く

　目覚めた。
　横を見る。
　彼女がいた。ホッとする。

　夢ではなかったのだ。
　昨晩、僕は、彼女とヤッたのだ。
　愛おしかった。
　それはそうだろう、僕のような不細工な男を、彼女は受け入れたくれたのだから。

　起こさないように、そっと、彼女の肩に手を置く。
　幸せだった。
　こうしたふたりだけの時間が、いつまでも続けばいいのに、と思った。

　と、彼女が目覚めた。
　僕は、にっこりと微笑みかける。
「おはよう、今何時なの？」
　彼女が問い掛ける。
　彼女って、実に、目が大きい。

　部屋のデジタル時計を見る。時刻は、６時だった。
「６時みたいだね」
「ああ、久しぶりに、よく寝たみたいよ…」

「キスしてもいい？」
「うふっ…」
　彼女が笑う。
　でも、その顔が可愛くて、僕の股間のペニスは、思い切りよく、飛び跳ねる。
　それで、僕は、彼女を抱き寄せ、彼女のくちびるを思い切り吸う。
　頭の中が痺れる。それに気持ちが良かった。
　舌を吸いながら、下半身までくっつけて行った。

　と、下の方から、「グーッ」と音がした。
　僕のおなかからだった。
　僕は、恥ずかしくなって、彼女のくちびるからも、股間からも離れる。
「おなかが空いたの？」
「ああ、そうみたい」
「ねえ、ここを出て、わたしのうちに来ない？」
「えっ？」
「一緒に、朝ごはんを食べましょうよ。パンとコーヒーだけどいい？」
「ああ、もちろん。いつも僕、朝はパンとコーヒーだから…」

　彼女は、ベッドから起き上がって、シャワールームに入って行った。
　僕も立ち上がり、洋服を身につける。
　と、ベッドの上の棚に、小さな赤いケースがあるのが目に入った。
　その引き出しを開けてみた。なんと、コンドームが入っていた。僕は、ほっとした。夕べ、これがあったおかげで、彼女を妊娠させることがなかったのだ。彼女のことは好きだ。大好きだ。でも、彼女に、今、結婚を申し込めるかというと、それは全く自信がなかった。僕は、引き出しの中に１個残っていたコンドームを手に取り上げ、上着の内ポケットにしまい込んだ。

　僕たちは、路面電車に乗っていた。
　土曜日で朝早いのか、乗っているお客さんは、少ない。
　が、なぜか、車内のお客さんに、じろじろ見られているような気がする。
　そして、そのお客さんたちの不思議そうな顔つき…。
『なんでおまえみたいな不細工な男が、そんな可愛い子と付き合えているんだ？』みたいな目つきなのだ…。

　みんなに見られて、確かに、恥ずかしい。でも、誇らしい気持ちもある、（僕は、こんなかわいい子とセックスできたんだよ）みたいな…。

「ここよ」
　彼女が、白い２階建ての建物を指差している。
　そこは、高級なアパートではなかった。
　やはり、彼女は、クラブとか、キャバクラのホステスではないのだ。メイド喫茶のメイド（ウェイトレス）といっても、その時給は、さほど高いものではないのかもしれない。
　部屋に入る。
　中も狭い感じがした。小さなキッチンのほかには、６畳と４畳半の２間しかない。

　彼女が着替えをしている。
　ブラジャーが見える。
　とてもセクシーだ。
　目を背ける。

「何か、しようか？」
　僕は、彼女に聞いてみる。
「じゃ、コーヒーを入れてくれる？」
「うん」

　実際のところは、僕は、うちでは何もしない。
　みんな、母や父がやってくれていた。僕は、一人っ子の長男だった…。

　僕は、おそるおそる、コーヒーメーカーに、２杯分の水を入れている。

　実は、母親が、朝、そういうように、３杯分の目盛りのところまで、水を入れているのを思い出しながら。そして、母親は、紙のフィルターを差し込み、そのフィルターの中に、３人分として、挽いたコーヒーの粉をスプーンで３杯入れていた…。

　スイッチを押す。
　が、電気が入らない。
「あれっ、このコーヒーメーカー、故障しているのかな？。動かないよ」
「なによ、プラグをコンセントに差していないからでしょ」
「ああ、そうか」
　僕は、頭を掻いていた。
　コーヒーの味が心配になってきた、水やコーヒーの量は、あれで適切だったのだろうかと。
　実際、僕は、家事は何もできない…。

　僕は、彼女と、小さなテーブルを挟んで、絨毯の上に座った。
　テーブルの上には、サラダの入ったお皿が載っていた。
　レタスとかきゅうりとか、ミニトマトが載っている。
　トースターで、食パンが焼けた。
　彼女が、そのパンにマーガリンを塗ってくれている。
　僕は、コーヒーの味を確かめる。まずまずの味だった。ホッとする。

　僕は、いつも、朝、面倒くさくて、マーガリンも、ジャムもつけずに食べることがあるのに。
　そして、時々は、寝坊して、ネクタイを上着のポケットに差し込み、焼いてもいない食パンを口に放り込んで、家の玄関を飛び出ることだってあるのに…。

　マーガリンを塗ってくれた彼女に感謝した。

「おいしいかしら？」
「うん」
　僕は、大いに照れていた。
　実際、僕には、まるで新婚生活みたいな気がしたから。

　が、その一方で、僕は、考え事をしながら、レタスを食べてもいた。
（僕の給料が高かったら、本当に、結婚の申し込みができるのになぁ…）

　確かに、僕の、名目上の給料は、１８万円だった。しかし、それから、所得税、社会保険料、互助会掛金、組合費、組合預金、課の親睦会費などを差し引かれ、手取りの金額は１１万円にしかならなかった…。
　そのような手取りでは、彼女にパートにでも出て、働いてもらわなければ、とてもやっていけないだろう。

　昨晩、僕は、いい目をさせてもらったのだ。
　ここは、何か、いいことを言わなくてはいけないだろう。
　例えば、『結婚を前提に、僕と、これから付き合ってもらえませんか？』とか。

　ミニトマトを食べる。
　でも、『結婚を前提に』という言葉がなかなか言えないのだ。せめて、手取りで１５万円あれば、と思う。足りなくなれば、彼女には内緒で母親に頼みに行く、とか。でも、そんなことが彼女にバレたりしたら…。

　きゅうりを食べる。
　せめて、彼女に、『僕は真剣なんだ。だから、これから真面目な交際をしてくれないか？』ぐらいなことは言うべきではないのか？。

「どうしたの？」
　彼女が心配そうな顔をしている。
　やはり、僕から、何か言わないといけないのではないのか…。

「いや、うれしいというか、ちょっと感激してしまって」
「どうして？」
「何か、こんなおいしい朝食、はじめて食べたような気がする」
「まぁ、大げさね」
「……」

　僕は、何にかを言うべきなのだ。朝食のおいしいことを誉めたって、しかたがないではないか。もっと大事な何かを言うべきではないのか。
　しかし、なぜか、言えない。どうしてだろう？。僕は、ただ単に、彼女のからだが欲しかっただけなのか？。

　彼女は、お人形さんみたいな、かわいい美少女だった。色白で、目鼻立ちがくっきりとしている。小さなお尻、ほっそりした長い足。スタイルだっていいのだ。
　だから、僕はあこがれた。見ているだけでよかった。
　いや、彼女と手をつないで町を歩いていることを、夢見ているだけでよかった。

　例えば、彼女と、ディズニー・ランドに行くなんてことは、所詮、夢の世界の出来事だった。現実に叶うことではなかった。実際、現実に叶うなんてことを考えてはいけなかったのだ…。

　それなのに、僕は、そのお人形さんに、真剣に惚れてしまったらしい。そして、夢を現実のものにしようと思ったらしいのだ。
　なぜなら、彼女に好きだと告白し、チョコレートを上げてしまったのだから。つまり、あわよくば、彼女と現実にデイトができればいい、などと、本気で考えてしまったふしがある。

　が、ともかく、偶然にせよ、彼女の友達の仲立ちにせよ、彼女とセックスをする羽目になってしまったのだ。

　本当のところ、こうなることは、僕にとっては想定外のことだった。
　僕は、彼女と遊園地でデイトができればそれで十分だったのだ。ラブホに行ってセックスするなんて、そのような想定はなかったのだ。セックスをするということは、僕にとっては、泊まりがけの小旅行をすることであったり、同棲であったり、婚約することであったりする。
　だから、言い訳にはなるが、彼女と、泊まりがけの旅行をしたり、同棲したり、婚約したり、結婚したりするということは、夢のまた夢みたいな、極めて非現実的なところがあったのだ。

　しかし、今、こうして、肉体の結びつきまで、一気に事が進んでしまったのだ。正直なところ、僕は、一体、これからどうしたらいいのか、わからないでいた…。

「ねぇ、どうしたの？。元気がないわ。せっかく、食べ物を用意してあげたのに…」
「すまない」
「わたしのこと、きらいになった？」

「馬鹿なこと、言うなよ」
「でも…」
「ますます、君のことが好きになった…。でも…」
「……」

「でも、僕は、どうしていいか、わからないんだよ。君のことが好きなのに、君にどうしてあげればいいのか。君を幸せにしてあげるために、僕は、何をしたらいいのか。僕には、何ができるのか。そんなことがわからないんだよ」
「そんなこと、考えなくてもいいのに…」
「馬鹿な。そんなこと、考えなくてはいけないんだよ、男というものは」
「ただ、愛してくれればいいわ」
「愛してくれればいい、と言っても、色々あるし。例えば、ずっとそばに居てあげるだとか、給料が上がるように頑張るだとか…」
「ずっと、そばに居てくれればいいわ」
「そうか？。そんなんでいいのか、本当に。給料が上がらなくてもいいのか、出世しなくてもいいのか？」
「出世なんかしなくてもいいわよ」
「本当に、そうなのか？」
「うん、そうだよ」

　僕は、ちょっと笑った。安心したのだ。
　僕なんか、押しが弱いし、上司にお世辞のひとつも言えないのだ。だから、きっと、万年、ヒラ（＝役付きでない一般職員）だろう…。でも、彼女は、それでもいいと言ってくれたのだ。

　僕は、パンを食べ切った。

「ありがとう。でも、僕は、出世はしなくても、がんばるね。君のために、仕事を一生懸命やるよ…」
　彼女は、笑った。
　でも、それは素敵な笑顔だった。そして、僕は、僕と彼女の間にあるテーブルを横に退（ど）かし、彼女の肩を抱き寄せていた。

「ごめんね、僕は、君が好きになったみたいだよ」
「……」
「僕は、がんばって仕事をするから、ついて来てくれないかい？」
「……」
　僕は彼女を胸に抱き寄せていた。が、彼女が頷いてくれたように感じた。僕は、彼女の顔を上げさせ、くちびるを重ねた。いとおしくて、ずっと深く、そのくちびるを吸った。今はだめでも、何とか出世したいと思った。出世すれば、きっと給料が上がるだろう。それまでは、何とか、ぜいたくな暮らしは、がまんしてもらって…。

　が、それまで、彼女は、そんな貧乏な暮らしに耐えてくれるだろうか？。

　不謹慎なことで、まるで子どもじみたようなことだが、僕は、アダルトビデオの男優のように、それまではセックスによって彼女の心をつなぎ止めておくしかないように思われた。

　僕は、彼女を押し倒していた。
　そして、穿き直していたばかりの、彼女のジーンズを脱がしていた。
　僕は、股間のパンティに顔をくっつけていた。
　股間を、パンティの布地の上からながらも、しっかりと嘗め回す。そして、パンティのわきから指を入れ、ヴァギナの中を掻きまわしていくのだ。
　それは、以前見たことのある、アダルトビデオで、男優さんが女優さんを相手にやっていたことだった。
　ビデオでは、それから、男優さんが自分のブリーフを剥ぎ取り、女優さんに、おフェラをさせるのだが、僕には、とうてい彼女に、そんなことをさせるわけにはいかない。

　僕は、パンティを剥ぎ取り、僕の舌で、彼女の股間を責め立てた。

「いやいや」
　彼女は嫌がっている様子だ。
　部屋が明るすぎるのだろうか？。
　僕は、立ち上がって、部屋のカーテンを閉めた。

　僕は、戻って、彼女の肩を抱く。
「嫌なのかい、クンニは？」
　僕は、彼女の耳元で囁く。
「優しく、して。それなら…」
　彼女のあどけない顔がそばにあった。乱暴にしたいぐらい、かわいい。
　でも、僕は、「ああ…」と言いながら、たまらなくなって、また、彼女のくちびるを吸いに行く。

（優しくして、って、どういう意味なんだろう？）
　キスをしながら、考える。
　アダルトビデオでは、男優さんが激しくクリトリスやヴァギナを吸うと、女優さんは、「あっ、ああああ」と言って、額に皺を寄せながら、よがるのに…。激しく、ではいけないんだろうか？。
　ゆっくり、やさしくなんて、僕にできるんだろうか？。

　でも、それをやらなくてはいけないのでは？。
　僕には何もない。
　だったら、せめて、彼女に、やさしくしてあげなくては…。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）