７　好きだけれども不安で

　僕は、ヤリたくなった。
　たとえ何と言われようと、今は、セックスで彼女をつなぎとめておくしかないではないか…。
　
　もっとも、妊娠は怖かった。
　僕は、上着を手許に寄せていた。内ポケットには、ラブホから持って帰ったコンドームが入っている。

　僕は、一生懸命クンニをしている。彼女にいい気持ちになってもらわなくてはならない。
　が、反って、僕の方が興奮している。
「入れてもいいかな」
「膝が痛くないのかしら？」
　彼女は、僕の気持ちを察してくれたようだ。
　彼女は裸ながら、そのまま立ち上がって、押入れから敷布団を出し、それを敷いてくれた。

　僕も裸になった。
　彼女には、やさしくなろうと思っていた。
　僕は、彼女にキスをした。
　彼女は、そのキッスによく応えてくれた。
　彼女のおっぱいにもやさしく接した。本当に、舌先で乳首を舐める程度に。
　アダルト・ビデオでは、男優さんが、おっぱいをわしづかみしながら、乳首を、『ちゅぱぁっ、チュパァッ』と周囲に音が響くほど、激しく吸うのに。
　もっとも、彼女の胸は、アダルト・ビデオの女優さんのそれみたいに、そんなに大きくはなかった…。

　僕は、わき腹を撫でながら、ある思いに囚われていた。

（彼女は、バージンではなかった）

　むろん、アスリートで、陸上のハードルなどをやった人とか、体操などをやっていた人たちにおいては、処女膜が、事前にやぶれることだってあるだろう。
　それに、月に１度訪れるというメンスの場合、その量が多い人は、太めの生理用品であるタンポンをあそこに入れるという。そのタンポンの出し入れのため、男女の性行為以外のために処女膜が破れるということもあるらしい。

　でも、僕は人一倍、嫉妬深いようだ、彼女がバージンでなかったということが気になっていたのだ。

　僕は、昨夜、射精してから、コンドームごと抜き取った。そして、コンドームの根元をしばり、精液がこぼれないようにしてから、それをティッシュにくるんだ。根元のところをねじるとき、コンドームの先っぽの方を見たが赤いものはついていなかった。ティッシュでくるんだが、そのティッシュは赤く染まることはなかった。むろん、朝、彼女がシャワールームに消えてから、ベッドのシーツの上を見たが、皺はできていても、色は真っ白のままで、赤い染みがついているということはなかった。

　が、彼女のからだは色白で、とてもきれいだった。それに、昨夜のことを思い出しても、あそこはきっちりとしていて、むしろ締まりがいいと言えた。

　僕は考え事をしながら、クンニをしていた。
　でも、だいぶ彼女のあそこが濡れてきたように感じた。
　それに、クリトリスは硬く尖ってきた。それがわかって、僕のペニスはギンギンに硬くなっていた。
　コンドームの表面にはゼリーが塗ってあるはずだ。だから、そのゼリーが、たとえ彼女の濡れ具合が不十分でも、彼女の膣壁を保護してくれるだろう。

　僕は、上着を手でたぐり寄せ、内ポケットからコンドームを取り出した。そして、それをペニスに装填した。
　もう一度、彼女の濡れ具合を指で確かめる。
　粘っこいものが指先につく。もう合体したくてたまらなくなっている。体を合わせていないと不安なのだ。
　で、ペニスを挿入する。
　そして、彼女と上体を合わせた、隙間が全くないように。

「好きだよ、麻衣（まい）」
　僕は、アパートに着いて、彼女が郵便受けに手を置いたのを見ていた。その郵便受けには、「沢井麻衣」とあったのだ。やはり、「美幹（ミキ）」というのは、あくまでメイド喫茶でのハンドルネームだったのだ。

　僕はゆっくりと動いた。
　しかし、彼女はとても痛そうだった。
　そんなことは、彼女の顔を見ていればわかる。

　僕は、ＡＶ男優ではない。ごく普通の、どこにでもいるお兄ちゃんなのだ。いや、むしろ、世間知らずのお坊ちゃんといった方が当たっているかもしれないが…。

「ごめんね」
　僕は、彼女のからだの上で、動きを止めた。

　僕は、彼女のお尻の下に、座布団を敷いた。
　膣が上向きになる。これで、深い挿入が可能になるだろう。
　僕は、上体を反らし、お互いの上体の接触面積を少なめ、僕の股間と彼女の股間とのあいだに隙間を作った。手を下の方に差し伸べ、彼女の恥骨を見つけた。そして、恥骨の下の方に指をくぐらせ、恥毛を掻き分けつつ、クリトリスを捜した。そして、そこを上から押し込むようにもみしだく。
　僕は、片手をついて、自分の上体を支えつつ、下半身を上下に動かし、もう片方の手では、彼女のクリトリスを愛撫する。

　僕は、がんばった、彼女にオルガスムスを感じてもらうために。
　だが、どうしたことだろう、彼女の股間は、あまり濡れないのだ。
　それに、僕は、抜き差しを続けているうちに、腰がだるくなってきたのだ。どうやら、昨夜は、お酒のせいもあって、かなりがんばったようだ。

　僕は、少し休みたくなった。
「少し、休憩していいかな？」
「いいわよ」
　僕は、仰向けになった。
　僕は、『何で感じてくれないの？』と彼女に聞きたかった。でもなぜか、そんなことが聞けなかった。やはり、僕の性のテクニックが未熟なせいかもしれない。こんなとき、ＡＶ男優ならもっとスタミナがあって、もっと工夫を凝らすにちがいない…。

　仰向けに寝ていると、天井に染みがあるのがわかった。
　彼女は、決して恵まれた生活はしていないように思われた。そんな彼女を、僕は幸せにすることができるのだろうか？

「どうしたの？」
　彼女の声に、仰向けに寝ていた僕は、彼女の方に向き直し、彼女をそっと横抱えにした。
「何でもないよ」
「ごめんなさい、中断させてしまって」
「いいんだ、そんなこと」
「ごめんなさい」
「いいよ、あやまらなくても。ただ、僕は、君のことが好きだってことはわかって欲しい。好きだから、君のこと、抱きたいんだってこと、わかって欲しい」
「わかっているわ」
「そうか、それならいいよ」

　僕は、彼女の肩をしっかりと抱いた。
　幸せにできるかどうか、わからない。でも、僕が彼女のことを好きなことは確かなのだ。好きなら何をしても構わない、とは思わないが、好きなら、何とか、彼女にとって良いことをするように努力しなくてはいけない…。
　でも、肉体的にも、精神的にも、経済的にも、彼女を満足させるためには、どうすればいいのだろう…。

　と、僕は、何やら、バイブの音を耳に感じていた。
　どうやら、僕の、上着に入っているケータイからみたいだった。もろん、マナーモードにしている。おそらく、母親からメールが届いていたのだろう。
　見るのは面倒くさかった。後で見ればいい。

　でも、県外の大学を卒業して、家に戻ってからというもの、外泊なんてしたことがなかったから、母親が心配しているということは、多少、わかるのだ。
　僕の頭の中に、心配そうな母親の顔が浮かぶ。すると、僕の股間のモノは、急速に萎みはじめていた…。

「そろそろ帰るよ」
「そうなの」
「うん」

　僕は、もっと彼女に引き止めてもらいたかった。
　が、これ以上、ここにいても、彼女に迷惑がかかりそうだ。ひょっとして、メイド喫茶勤めの彼女には、土曜、日曜ということがないのかもしれないのだから。

「じゃ、また、会ってね」
　僕は、彼女にそう言った。

　実際のところ、『また、このアパートに来るね』とは言えない。
　僕は、とうとう彼女に、『結婚を前提に、これから付き合ってください』とは言えなかった。たぶん、あまりにも、僕の手取りが少なかったからだと思う。それに、彼女を、母親や父親に紹介するというようなことは、まだ、ちょっと考えられなかったからだ。
　職業に差別はない。しかし、都市銀行に勤めている僕の父親は、堅物で、そんなに柔らかい頭を持ってはいないように思える。
　僕が高校生の頃、父親は、食事のとき、よく母親に言っていたものだ、『うちの銀行も、学歴主義じゃないよ。採用面接の時だって、面接官に面接カードは渡すけれども、受験者の最終学歴は伏せているからね。でも、やっぱり一流大学を出ている人間は、仕事の飲み込みも早いからね』と。


　僕がうちに着いたのは、結局、正午前だった…。

　母親は心配してくれた。
　父親は機嫌がわるそうな顔をしていた。

　僕は、昼食も取らず、自分の部屋に入った。何だか、父親の顔も母親の顔も、まともには見られないような気がした。
　そして、ベッドの中にもぐり込んだ。

（やはり、メイド喫茶勤めの女の子と結婚するのを、父親や母親に説得するのはむずかしいかな？）
（メイド喫茶勤めの女の子と結婚します、と言ったら、職場の上司は、どんな顔をするかな？）

　色々な思いが駆け巡り、僕は、なかなか寝付かれなかった…。
（何とかしなくては…。まず、何をすべきなのか？。たぶん、自分の気持ちを正直に、彼女に伝えること…。そして、彼女を僕の両親にも紹介すること…）

　が、僕には、両親を説得する、ということが一番困難であるということに気づきはじめていた。

　僕は、大学に入る前に、１年、予備校に通っていた。
　大学に入って、なかなか専門科目の単位が取れず、２年、留年した。
　大学を卒業してからも、就活（就職活動）に失敗し、結局、専門学校の公務員受験ゼミナールに通い、２度目の地方公務員試験で、やっと地元の市役所に入ることができたのだ。都合、同級生より、５年遅れた、ということになる。むろん、そんな時間的なこと以上に、『大学が決まらない、卒業が決まらない、就職が決まらない』ということで、両親には心配をずっとかけてきた。予備校の授業料、大学の６年間在籍中の授業料、専門学校の授業料など、金銭的にも苦労をかけた。
　市役所に採用になって、まだ１年も経っていない。貯金とてそんなにあるわけではない。結局、結婚式を挙げるにしても、父親に借金して挙げる以外にはない…。

　僕は、仕事には出た。
　退庁の時間までは、がんばった。
　がしかし、退庁後、彼女の勤めている店に、そして彼女の住んでいるアパートに、なかなか足が向かなかったのだ。

（僕は、彼女のことを愛している。しかし、僕は、彼女のことを本当に幸せにできるのだろうか？）
　僕は堂々巡りをしながら、結論を得ることができないでいた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）