８　理想的なセフレ

　僕は、彼女のいる本町店には行けなかった。
　なぜか、彼女の友達のいる寺町店には、楽に行けた。

　僕が席に着くと、彼女の友達の麻里さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」

「このあいだは、どうも…」
　僕は立ち上がって、麻里さんに頭を下げた。
　このあいだ、麻里さんが、彼女との再会をセットしてくれたのだから。

「どうだった？」
　麻里さんが小さな声で尋ねてくる。
「いえ、その…」
「うまく、行った？」
「ええ、まぁ、何とか…」
「それはよかったわ。彼女、今はひとりだし…」
「えっ？」

「お客さま、何になさいますか？」
「えっ？。あの、ホット・カフェオレを…」
「かしこまりました」
　麻里さんは行ってしまった。

『彼女、今はひとりだし…』
　という、麻里さんの言葉が気になる…。
（麻衣には、前に、彼氏がいた、ということだろうか？）

　僕は、気になってしかたがなかった。
（麻衣には、彼氏がいたんだろうか。どうして別れたんだろうか。彼氏とはどんな男だったんだろうか…）

　僕は、ｉ−Ｐａｄに目を当ててはいるが、画面を見てはいない。
（彼氏とはからだの関係があったのだろうか。彼氏のセックスは、僕より上手だったんだろうか…）

　僕は、職場には、きちんと出勤していた。
　しかし、仕事が終わり、麻衣のいる本町店にはなかなか行けなかった。

　むろん、嫉妬があった、昔の彼氏に対して。
　しかし、それ以上に、僕は、どう彼女と向き合っていいのか、わからなかったのだ。つまり、どうしても、『結婚を前提に付き合ってください』ということが、麻衣には言えなかったのだ。
　なぜか。
　それは、まずは、僕に経済力がないこと。次には、両親に反対されるのが怖いこと…。

（せめて、彼女が、会社の事務職員であってくれたら…）

　しかし、僕には、彼女に、『メイド喫茶を止めて、どこかの会社に勤めてくれないか？』などと言える勇気も権利もなかった。

　仕事が終われば、まっすぐにうちに帰るべきではないのか、寄り道なんかせずに。そうすれば、無駄遣いをすることもなく、１万でも２万でも、貯金をすることができる。
　が、何もせず、まっすぐに家に帰る気持ちにはなれない。なぜか胸騒ぎもようなものがあって、ついフラフラと街中を歩いている。
　そして、僕の足は、彼女の勤めている本町店ではなく、彼女の友達の、麻里さんの勤めている寺町店へと向かっていたのである。
　この頃は、しかし、メイド喫茶に行っても、かわいい洋服を着たメイドさんたちを見ていない。
　思うは、彼女のことばかりだった…。


　ある日のことだった。
　僕は、やはり、夕方、寺町店に居た。
　その時、麻里さんが、僕の席にやって来たのだった。
「あのねぇ、あなた、最近、麻衣のところへ行っていないんだって？」
「……」
「麻衣、心配してたよ。心配してたというより、さびしがってたよ」
「えっ？」
「あなたね、遊びだったわけ、麻衣のこと」
「そんなこと、あるわけないでしょ！」
　僕は、怒った、麻里さんに。
　が、内心、麻衣が会いたがっている、ということを知って、うれしかった。

「まぁ、それ聞いて、安心したけどね。でも、麻衣のところへ、会いに行ってやってよ」
「でも…」

「でも、って、どうしたの？」
　麻里さんがしつこく聞いてくる。答えざるを得ない。
「真面目に考えれば考えるほど、これから、どうやって付き合えばいいのか、わからなくなって…」
「馬鹿ねぇ。当たって砕けろ、でしょ」
　麻里さんは、そう言い捨てて、立ち去って行った。

　僕には、自信がなかった、彼女を幸せにする。
　このまま、彼女と別れれば、彼女を不幸せにすることはないだろう。
　でも、それは、きれいごとで…。
　ともかく、彼女の顔が見たかった。
　僕は、意を決するように、本町店に向かっていた。


　店に入ると、彼女がやって来た。
「どうしてたの？」
「うーん、わからない」
「会いたかったのに…」
「馬鹿。そんなこと言うなよ。僕だって、会いたくて、会いたくて…」
　彼女ときたら、急に背を向けて、立ち去ってしまった、僕の注文も取らずに。
　が、彼女は、注文もしないのに、カフェオレを持って来てくれた。僕の好きなものは、どうやら、わかっているらしい…。
「９時に終わるから、一緒に帰らない？」
　彼女が言った。
「いいの？」
　僕は言った。
「いいよ」
　彼女が言った。
　彼女と一緒に街を歩けると思うと、本当に、僕はうれしかった…。

　僕は、メイド喫茶を出て、彼女がやって来るのを待った。
　彼女がやって来た。
　私服の彼女も素敵だった。
「待った？」
「いや」

　僕は手持ちのお金がないのに気がついた。
　すでに、都市銀行のキャッシュ・コーナーは閉まっていて、キュッシュ・カードは使えなかった。
　僕は、おそるおそる彼女に聞いてみた。
「ラーメンでも食べに行ってみる？」
「ええ、いいわ。わたしも、ラーメン、食べたかったの」

　僕たちは、屋台に入った。
　彼女は、味噌ラーメン、僕は、塩ラーメンだった。
　彼女ったら、本当においしそうに、ラーメンを食べていた。

（僕は、いつになったら、彼女をフランス料理店なんかに連れて行ってあげられるんだろうか…）

　実際、僕は、市役所に入るのが、同い年の者たちより、５年も遅れていた。
　僕は、まだ２級主事だが、同い年の者はすでに３級の主任に昇格・昇任し、市立病院の看護師さん、市立幼稚園の保育師さん、市立図書館の司書さんなどと結婚し、共働きをしながら、堅実な家庭生活を築きつつあった…。

　僕は、ラーメンを啜りながら、生きる力の弱い自分が情けなくて、目頭を熱くしていた。

　実際、僕は、高校の時は、理系に行くべきか文系に行くべきかで悩んでいて、高校３年の秋になっても、センター試験の受験科目が決められなかったし、浪人して予備校に通い、大学の法学部には入ったものの、民法や民事訴訟法などの法律の専門科目の勉強についていけなくて、授業に出なくなり、２年も留年し、その上、大学をやっとのことで卒業しても、就職活動がうまく行かず、専門学校に通い、正規採用の職にありつけるのに、丸２年の歳月を費やしてしまっていた…。

　今は、彼女に何を告げるべきか、わからない…。
（別れるなら、早いに越したことはない、相手をあまり傷つけないうちに…）
（交際を続けたいなら、きちんと自分の想いを伝えるべきではないのか…）

「ねぇ、わたしの、どこが好き？」
　彼女の声に僕は、ふと、われに返った。
「うーん。その…。顔かな。かわいいから…」
「それだけ？」
「うーん。そのぉ、カッコいいからかな」
「何が？」
「その、つまり、容姿というか、スタイルというか」
「それだけ？」
「……」

　僕は、ちょっと考えた。顔がいい、スタイルがいい、それだけではいけないのだろうか？、と。
　でも、やはり、たくさん、いいところを上げておくに越したことはないと思った。

「あと、やはり、君はやさしいから…」
「そぉ、よかった」
「どうして？」
「だって、顔が可愛いから好きになった、と言われても、それだけじゃ、うれしくないもの」
「そうなの？」
「そうよ」
　彼女は、ちょっとむくれたような顔をした。でも、僕には、その顔すら可愛くて、好きだった。

　そうだ、そうなんだ、僕は、彼女の可愛い顔に惚れたんだと思う。そして、かわいいだけじゃなくて、その顔にセクシーなものも感じ、彼女をこの手に、この胸に、しっかりと抱きたいと思ったのだ。結婚して、この人と幸せな家庭を築こうだとか、そういうことは、あまり考えなかったような気がする。直感的に好きになったような気がする。

　真面目に将来の生活のことを考えたりすることより、キスしたいだとか、抱き締めたいだとか、刹那的、肉体的なことしか考えて来なかったような気がする。

（僕は、これから、真面目に彼女との交際を考えるべきではないのか？）

　僕は、ラーメン代を払った。
　僕は、肉体的な欲望のことを優先させるべきではないと考えた。

　真面目に将来のことを考えるべきではないのか、と思った。
　例えば、将来に備え、しっかり節約して貯金をするとか、両親を説得するため、まずは私生活をきちんとするとか…。実際、僕は、いい年をして、朝は目覚まし時計だけでは起きられない時があって、母親に起こしてもらうことが、たびたびなのだから…。

　僕は、彼女を送っていくことにした。
　彼女の部屋には上がらないと決心していたのだ。

　彼女のアパート前に着いた。
「それじゃ、また。また、お店の方に、会いに行くからね」
「部屋に上がらない？。コーヒーを飲んで帰らない？」
「いや、それは…」
「どうしたの？」
「うん、その、また、上がれば、長居をしてしまうかもしれないから…」
「……」

　実際、そうなのだ。
　いつのまにか、ずるずると居座って。そのうち、彼女にキスしたくなって。キスだけで終わって帰ればいいのだけれども。たぶんキスだけじゃ終わらなくて…。おっぱいを触るとか。しまいには、スカートをめくって、パンティの上からだけれども、彼女の股間を撫でるとか、そういうエッチなことをするに決まっているのだから…。

「いいじゃない！」
　彼女は、そう言い残すと、アパートの玄関に向かって、走り去っていく。
　僕は、見送り、そして、踝を返して、帰るべきだった。
　それなのに…。
　僕は、何と、彼女の後を追っかけていた。
　アパートの郵便受けのあるところで、僕は、彼女に追いつき、彼女を後ろから抱き締めていた。
「好きなんだ、だから怒らないで。上がったら、もう、僕は自制心を失くしてしまいそうで、怖いんだ…」
　彼女がこっちを振り向く。
　彼女の目は、何かを求めていた。
　僕は、彼女のからだを引き寄せる。

　僕達は抱き合い、そして、キッスをし合った。
　キスをしているうちに、僕は、フラフラと倒れそうになった。
　くちびるをいったん、離した。

「愛しているんだ。だから、今夜は帰るんだ」
「いやいや、もうちょっと居て」
「そんなわがまま言うなよ。僕だって弱い人間なんだから…」
「いいじゃない」
「良くないよ。僕は、君を大事にしたいんだ。将来、結婚してもいいくらいに、君のことが好きなんだから…」
「こんなわたしのどこが？」
「馬鹿。さっき、屋台で言っただろう、顔も心もかわいい、って」
「かわいくない」
「かわいいよ」
「……」

　もう、僕は、彼女をひとりにしておけなかった。彼女を独りにしておいたら、また、他の男のところへ行ってしまいそうに思えた。
「愛しているんだ、わかって欲しい」
　僕は、また、しっかりと彼女を抱き締めていた。
「このまま、うちに帰ったら、狂ってしまいそうだ。ちょっとだけ、君の部屋に上がっていいかな？」
　僕は、すでに、肉の欲望に負けていた…。

　彼女はコーヒーを入れてくれたのに。
　僕は、飲めなかった。
　コーヒーよりも彼女だった、僕が欲しかったのは。
　彼女はコーヒーを飲んでいる。その彼女すら僕の欲望の対象だった…。
　彼女が三口目のコーヒーを飲んだとき、もう、僕は、待てなかった、がまんできなかった。

「ごめん、僕は、欲しいんだ、君が」
「どうして？」
「好きだから」
「どうして？」
「セクシーだから」
「どうして？」
「心が狂ってしまうから…」

　彼女は、立ち上がり、コーヒーカップを片付けはじめた。
　僕の欲望を察してくれたみたいだった。
　彼女が、洗い場から戻ったとき、僕は、座っていたお尻を持ち上げ、立ち膝のかっこうになって、彼女を抱きすくめていた。

　キスをして、彼女をきつく引き寄せていたとき、僕は、股間のモノが痛いほど膨張しているのがわかった。今、彼女を押し倒して股間のモノを宛がえば、すぐにでも暴発してしまいそうだった。ここは、少し余裕を持たなくてはならなかった。
「ねぇ、布団を出してもらってもいいかな。この板の間だと、膝が痛そうで」
「……」

　彼女が敷布団を敷き、白いシーツを掛けている間に、僕は、服を脱いでいた。
　僕は、彼女を仰向けに寝かせ、洋服を脱がせていた。
　僕は、すでにトランクスだけになっていた。
　だから、僕は、彼女のキャミソールを取り、ブラジャーも取って、彼女もショーツだけの姿にした。

　僕達は、布団の上で、からだを重ね、キスをし合った。
　キスをしているうちに、僕は、反って、落ち着いてきた。
　時間はあるのだ。
　それに、彼女は大切に扱わなくてはならない…。

「ねぇ、ここ、コンドームは置いてないよね」
「どうして？」
「置いてなかったら、出る前に、抜かなくちゃ、と思って」
「大丈夫よ。きょうは、安全日だから」
「そうなんだ」
　僕は、うれしかった。
　やはり、コンドームは、先っぽに圧迫感があり、開放感を阻害する。壁をとっぱらって、いっぱい、いっぱい、出したい…。

　僕は、彼女を抱きたくて、トランクスを取り、彼女のショーツも脱がせた。　
　そして、彼女の足を左右に開かせ、クンニをした。
　早く入れたかったからだ。
　僕は、彼女が、『安全日よ』と言った瞬間から、ペニスの鈴口にカウパー氏液を漏らしていた…。

　彼女は、濡れていた、十分に。
　僕は、うれしかった。
　僕は、ゆっくりと、彼女のヴァギナの中に、ペニスを埋め込んでいった。
　気持ちがよかった。
　上半身も重ね合わせていく。
　彼女が下からうれしそうに微笑む。そして、彼女は目を閉じた。
　僕は、入れたまま動かなかった。
　でも、ペニスは、ピクピクと、彼女の中でヒクついていた。
　ちょっとでも動くと、射精しそうだった。
　僕は、彼女の紅潮していく、美しい顔を見ていた…。

（結婚すれば、いつも、こんな風に、彼女の美しい顔を眺められる）
　貧しくても、彼女となら、我慢できるのではなかろうか？。
　休みには、彼女と散歩をすればいい。
　ふたりして、喫茶店に入らずとも、うちで、コーヒーを沸かして飲めばいい。
　ふたりして、少ない材料でも、手の込んだ料理をつくり、見つめ合い、しゃべりながら食べればいい。

「ぁぁぁぁ…」
　彼女が、顔を左右に降り始めた。
　そして、お尻を持ち上げた。
「あっ、あああ…」
　彼女は、僕の背中に回していた手に力を込め、僕にしがみつくと、下肢を突っぱね、痙攣させた。

「イッタの？」
「ごめんなさい。早かった？」
「ううん、いいよ。でも、僕も、もうイキそうなんだ。今度は、一緒にイこうね」
　彼女がうなずく。

　僕は、ゆっくりと動いた。
　早く動けば、摩擦が強く、ペニスが刺激を受けて、すぐにも爆発しそうだったから。
　僕は、頭の中で、「１，２，３，４，……」と数字を数えながら、射精しそうな心をがまんした。
　もっとも、今日は、本当に、彼女が濡れてくれて、摩擦抵抗が少なく、僕は、予想以上に長く持った。
　その長く持っていることが、うれしく、誇らしく、僕は、がんばって、今にもあせって出しそうな心を抑制しながら、ゆっくりとゆっくりと、そろりと動いた。ともかく、彼女と一緒にイクことを目標にして。

「あっ、ああああ」
　彼女が腰をよじり、そして、上へ上へとせりあがって行く。
「大丈夫？」
「あああ、またイキそうよ、イクわ、イクわ」
「待って、待って、僕もイクから、待って、待って」
　彼女の締め付けがきつくなる。動けない。しかし、もう、射精が近かった。
　僕は、下半身を浮かせるようにしながら、彼女の上半身にしっかりとしがみつく。
　すると、彼女がのけぞり、胸を震わせ、下肢を引きつらせた。
　そのとき、僕も、腰のあたりに痛烈な痺れを感じ、「うっ」という声とともに、精をドクドクッとばかり、彼女の中に打ち込んでいた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）