４　昔に返って、もう一度

　眞司は、真衣のくちびるを吸っていた。
　さすがに甘い、と眞司は頭の中で考えている。ずっとこのまま吸い続けていたい…。
　でも、さっきは、爆発をしてしまったので、今度はさすがに用心深くなっていた。

　一度射精しているせいで、性感的にも多少の余裕が生じているのかもしれない。それに、その余裕のせいか、くちびるを吸いながらも、真衣の肩を撫で、そして、背中を撫でるなど、同時に２つのことができている。

　が、真衣の手というか、真衣の指先が、自分の背中に食い込んでくるような気がした。
　それで、眞司は、うっすらと目を開ける。
　真衣の真剣な表情が看て取れる。いや、ひどく緊張したような顔つきをしているのがわかる。真衣の目は閉じられていても。

（あっ、こいつも、こんなこと、慣れていないんだ）
　眞司は、妹に対する兄貴のような愛おしさと共に、ちょっと、心にも余裕を持てた。

　と、真衣のからだが震えている。
　眞司は、唇を離す。
「大丈夫かい？」
　真衣に声をかける。

　真衣が目を開けた。
　うっとりとしたような、いや、何となく、焦点の定まっていないような目だ。
　眞司は、そんな真衣の目を見ながら、うれしさもありながら、一方では、そんなに、キッスに夢中になったのだろうかと、不審に思う。

　真衣の目が正常に機能しはじめて、焦点が合って来たようだ。
「あなただったの？」
　真衣が、目の前の眞司に問い掛ける。

　眞司は、ドギマギする。
（こいつ、おかしい奴だな。この部屋には、俺たちしかいないのに…）

「止めたの？」
　真衣が身を起こしながら聞く。

「いや、そういうわけではないけど…」
　眞司は、真衣の手の指が、背中に食い込んで、ちょっと痛かったことを告げたかった。が、そのことを言わなかった。そして、しかも、こんなキッスぐらいで、ガチガチに固くなるなんて、真衣の幼さを笑うこともできなかった。

「じゃ、どうして？」
　真衣はしつこい。

　で、眞司は言った。
「オレ、たぶん、おまえのこと、気に入っていると思うんだ。だから、また、一直線に暴走しそうに思えて」
　眞司は、わざと、空いた右手で、頭を掻いてみせた。

　真衣は、疑い深そうに、眞司の目を見ている。
　澄んでいる。とてもきれい…。
（本当だろうか？）
　真衣は、目の前の彼が、どれくらい自分のことを好いていてくれるのか、気になる。

　一方で、真衣は、高校時代の彼氏のことを思い出していた。
　あの頃、彼氏は、いつも、メールで、『好きだよ。僕は真衣のこと、大好きだよ』と告げてくれた。照れくさかった。でも、うれしくて、うれしくて、勉強なんか手につかなかった…。

「おまえ、って、本当に、疑り深いよな」
　彼の声がした。真衣は、思い出から、現実に戻る。

「好きだから、キッスしたんだよね」
　真衣に問い詰められる。
「もちろんさ」
　眞司は、大仰に胸を張る。

「ただ、エッチな気持ちから、キスしたんじゃないよね」
「うん？」
　眞司は、ちょっと小首を傾げた。
（純粋に、好きだよな、こいつのこと）
　真衣の目を見つめながら、自分にも言い聞かせている。
　が、真衣の濡れた目を見ながら、眞司は股間のものが固くなっているのに気がついた。

「どうしたの？」
　真衣は、はっきりさせたいらしい。
「いや、その、オレは、精神的におまえのこと、好きだと思っているんだけどさ…」
　眞司は口ごもっている。

「だけど、なに？…」
　真衣は、続きが聞きたそうに、小首を傾げている。

（でも、性的に興奮してしまっている。肉体的な欲望が、精神的なものを超越しているような気もする）
　眞司は、そんなことを考えている。
　しかし、『肉体的な欲望』なんて言葉を言ってしまえば、彼女のことだ、きっと、純粋な気持ちからじゃなくて、エッチな気持ちから、キスをしたんでしょう、と言うにちがいない…。

　眞司は、この際、精神性を強調すべきだ、と、思っている。しかし、１００％、精神的なものが、そうさせたのだ、と言い切る自信がない…。
「好きだよ。田村先生の英語の授業のとき、おまえの姿を見ると、胸がドキドキするし。でも、おまえは、セクシーだから…。『エッチになるな』と言われてもなぁ…」

「何でかなぁ？」
　真衣が言った。

　眞司にすれば、真衣のやつは、ピンクの口紅を塗り、青のマスカラを塗り、ミニスカートを穿きながら、『セクシーなのは、自分のせいではない』と言い張りそうな女なんだと思う。
（だいたい、この女は、自分のことを第三者の目で見れないんだ）
　眞司は、そんなことを思いながら、真衣の質問には答えなかった。

　が、真衣は何かを待っているような気がした、眞司には。
　真衣は、足を横に投げ出し、絨毯の上に座っているのだが、何とも、悩ましいのだ。男の前で、そんな、足を投げ出して座る、なんて…。男なんて、そんな女のしぐさを見ると、つい、すけべぇ心を刺激されて、抱きたくなるじゃないか。そんなことが、この女には、わからないんだ…。
　眞司は、説教くさい兄貴になり、幼い妹を教育する気になった。
「精神的には、そうであったとしても、男は油断がならないんだ。つまり、いつ、オオカミになるか、わからないんだから。気をつけないと…」

「あなたも、そうなの？」
　真衣が、座り直す。

「ああ、そうだよ」
　眞司も、真面目に答える。やはり、兄としては、他者であるオオカミから、肉親である妹を守りたいじゃないか。

　真衣は、あまり説教されたことがない。
　父親は、いつもわたしに優しかった。
　兄が欲しいと思ったが、一人っ子で、叶わなかった。

「あなたは特別よ。そして、あなたがひとり、変わっているんだわ」
　真衣は、彼に逆らっているのに気づきながらも、そう、言っていた。

「そうかな？。が、まぁ、用心しておくに超したことはないから」
　眞司は、真面目くさって、言った。
「ウン？」
　真衣は、まだ、十分納得していないみたいだ。

　突然、真衣は、手を取られた。目の前の彼に。
（彼は、こんなに近くに居たんだ）
　真衣は、驚いている。

　しかも、何と、真衣は、彼の手に導かれて、自分の手が、彼の股間へと、引っ張られていくのがわかった。
　そして、手の先が、コツンと、硬い、擂り粉木（すりこぎ）の先端に触れたような気がした。

「ほらね、硬くなっているだろ？。僕は、君のことが好きで、大切にしようと思っている。でも、それは、頭の中で考えていることであって。一方、股間のモノは、こんなになっている」
　眞司の目は真剣だ。

　真衣は、目を白黒させている。
　が、真衣に、勝気な心が、もたげてきた。
「それは、二重人格よ。あなたは変わっていて、普通の男の人は、そうじゃないわ」

「……」
　眞司は、ギクッとなった。
（オレは、異常者なんだろうか？。俺は、まともな男ではない、ということなんだろうか？）
　眞司は、自信がなくなった。
（真衣を、女としてではなく、人間として、きちんと見れるような男だって、世の中にはいるかもしれない…）

「いや、そうかもしれない…。肉体的な欲望を、きちんと制御できるというのが、普通の、大人かもしれない…」
（その点、オレはダメだ。真衣の色香に、すぐ翻弄されてしまう…）
　眞司は、がっくりと肩を落とした。

　真衣は、あぐらをかいて座っている眞司の股間から、手を引っ込めないままでいた。と、真衣は、自分の手の中で、彼の股間のモノが、やわらかくなるのを感じた。
　急に、バス・ルームで見た、彼の、しなびたような、それでいて、ピンク色をした何ともかわいらしい突起物を思い出した。で、ニコッとひとりで笑った。

　真衣は、思う。（ひょっとして、この肉の棒というのが、ある時は、愛する人を愛する道具にもなり、男が女を無理矢理犯す武器にもなるのかもしれない）と思った。
　しかし、同時に、本能的なものか、この彼は、暴力的に、この武器を使うような人には思えなかった…。

　真衣の手で、彼の股間の突起物は、ひどく、おとなしくなっている。
　真衣は、『そんなに臆病にならなくてもいいわよ。わたしは、あなたを取って食おうなんて、思っていないから』と問いかけながら、ズボン越しに、突起物を撫でていた。それは、やわやわと、柔らかで、暖かいような気がして、触りがいがあった。
　と、その突起物は、急に内側から力が漲ってきて、固くなって行った。それに、何か、それは熱を帯びて来たようにも思える。
　真衣は、彼の、伏せた顔を覗き込む。その顔に赤味が差している。

『おもしろい道具だわ』
　真衣は、そう思いながら、スボンのジッパーに手をかけ、引き降ろしていく。彼の目を見る。彼の目の白い部分に、朱色が広がっている。しかし、彼はひどく緊張したのか、目を見開いたようにして、上半身を反らし、固まったように、じっとしていた。

　真衣は、彼が暴力を振るわないような気がした。
　それで、恐れることなく、スボンを、彼の膝の辺りまで、引きずり下ろした。
　トランクスが目に入る。
　何か、見覚えがある。そうだ、自分がコンビニで買ったものだ。しかし、地味な色合いだ、と思う。
　しかし、そのトランクスは親しみがあった。そのトランクスの上のゴムのところに手を掛け、下へ引っ張った。すると、ピッコンと、ピンク色をした、長さが１４センチばかりもありそうな、母がコロッケ用にと、茹でたジャガイモをすりつぶす時に使っていた、擂り粉木のようなものが、先端を天井に向けながら、その姿を現した。その擂り粉木に似たものは、ソーセージにも似ていて、中心部に、赤っぼい線が縦に入っていた。筒状のものにするため、布地をここで縫い合わせたのだろうか、と思った。

　真衣は、興味が津々（しんしん）と湧いたようで、指で、触ってみる。
　そして、親指と人差し指で、先端部をはさむ。が、意外に弾力があって、こちらの指が弾かれる。おもしろそうだ。

「もう、止めてくれよ」
　見ると、彼が赤い顔をしている。
　目を見ると、照れている。が、抗議していることは間違いないようだ。

　真衣は、トランクスを下から上にあげた。
　直立したソーセージが見えなくなった。
　もう一度、トランクスの布地の上からでもいい。そのソーセージに触れてみたいと思った。でも、なぜか、それをすると、彼がいやがるような気がした。たぶん、彼にしたら、また、トランクスの中で、爆発してしまうかもしれないと、恐れているにちがいない。バス・ルームで、汚れたトランクスを洗っていた彼は、本当に、情けなさそうな顔をして、今にも、消え入りそうな感じだったような気がする。これ以上、彼をしょげさせたくない。

　真衣は、ズボンを上げた。
「おとなしく、してなさい」
　真衣は、そう言うと、立ち上がった。

　眞司は、名残欲しそうだった。
　あいつの、やわらかな指で、もっと、ペニスを触っていて欲しかったな、と思っているのだ。

「はい、これを飲みましょう」
　真衣が、お盆を持って来た。
　ウィスキーの瓶が見えた。それに氷がたくさん入ったガラスの入れ物も。
「あれ、これ、君のおとうさんのものだろ。それは、わるいよ」
「いいわよ。またすぐ、買って補充しておくから」

　真衣は、グラスに氷を入れ、その氷の上に、ウィスキーを並々と注ぎかけている。

「これって、オン・ザ・ロック、って、やつ？」
「そうよ。これが一番、おいしいの」
　真衣が、グラスを傾けている。
　おいしそうだ。
　眞司も、真衣につられて、オン・ザ・ロックを味わってみる。
　少し舌に苦い、少しきつい。でも、咽喉もとを通りすぎると、おいしい。
「なかなか、イケルね」
　眞司は、言った。
　真衣が、うれしそうに、頷いた。

　真衣は、かわいかった。
　それに、そんなに、話題がないからといって、特段気まずいということもない。むしろ、真衣との間に、いい空気が流れているようだ。
　とにかく、今は、落ち着いた気分だ。それに、彼女にキスしたいとか、彼女の胸を揉みたいとか、そういうエッチな気分も、昇華しえているような気がする。純粋に、彼女と一緒にいるのが、心地いい、という気分だ。
（何もなくていい。彼女と過ごせるなら…）
　眞司は、そう思いながら、ゆっくりとウィスキーを味わう。酔いが体中に染み渡るようだ。
　
　と、眞司は、彼女を見た。彼女の顔が、ゆらめいている。まるで、蜃気楼のように。
　そして、自分のからだが、軽くなって、まるで、上昇気流に巻き込まれたかのように、上へ上へと、舞い上がっていくような気がした…。

　眞司は、絨毯の上で、左の横腹を下にし、しかも、海老のように背を丸くしながら、横になっていた。

（こいつ、こんな時に、寝るのかよ）
　真衣は、怒っていた。いや、半ばあきれていた。

　それにしても、何という、無邪気な寝顔だ。
　もし、わたしに弟がいたとしたら、きっと、弟は、こんな風な顔をして眠るのかもしれないと思う。
　真衣は、立ち上がり、タオルケットを持ち出し、彼のからだの上にそっと、掛けてやった。
　そのとき、彼のからだから、匂いが伝わってきた。真衣の好きな匂いだ。昔の彼氏の匂いだった。
　真衣は、自分用のタオルケットを持ってきた。そして、彼の横になった。
　これなら、十分、彼の匂いを嗅ぐことができる。

　目を瞑って彼の匂いを嗅ぐ。
　その匂いに慣れると、目を開けた。彼の顔を見る。
　目は閉じられている。
　彼は色白で、眉が濃く、そして、全体的に整った顔立ちをしていた。それに、何よりも、その寝顔に、危険なものは少しも感じられなかった。

　真衣は、心が安らいでいるのを感じた。
　かといって、心は、何となく浮き立っているようにも思えた。
　まるで、自分が、高校時代の昔に返ったような気がする。
　今、昔のことを思い返せば、あの頃、彼氏は、本当に、わたしのことが好きだったと思えてきてならないのだ…。

（昔に返って、もう一度、彼氏と付き合いたい）
　そう思いながら、真衣は、目を瞑った。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）