４　お紺に急接近する

　祐介は、何かにすがりたかった。
　実際、見合いをいったん承諾しながら、当日になって、その場に行かない男って、この世にいるだろうか？。

　あまりにも、情けない。
　このどうしようもない自分をどうしたらいいのか、わからないのだ。
　だから、女の背中に腕を回し、女の胸にすがりついているのだ、何とか不安定な自分を引き止めようと…。

　しかし、不思議なこともあるものだ。
　何と、この女は、俺が回している腕を、振りほどこうとはしないのだ。

　泣きながらも、祐介は、
（なぜ、この女は、俺を拒絶しないのだろう？）
　と考えている。

（おそらく、俺が遊び人だからだろう。俺のような遊び人がいなかったら、この女たちも、商売が成り立っていかないのだから…）
　祐介は、そんなことを考えながら、少し、心にゆとりができて来た。

　実際、何と言ったって、お客であることに変わりはないのだ。女はお客を接待する義務がある。お客は、ただで女に接待はさせないのだ。ちゃんと、女にお金を払うのだから…。

　祐介は、女の胸から、顔を離した。
　そして、腕も振りほどき、手はきちんと自分の膝に置く。

「もう、落ち着いたの？」
　女が聞く。
「ああ、ありがとう」
　祐介は、笑った。
　すると、女が、着物の併せのところから、紙を取り出し、それで、祐介の目を拭いてくれた。

「君はやさしいところもあるんだね」
　祐介は言う。

「びっくりしたわよ。突然、泣き出すんだもの。男の人が泣くのを見たのは、はじめてよ」
　女は、まん丸な大きな目をして、そんなことを言う。

「まさか。男だって、泣くことはあるさ」
　祐介は口を尖らせながら、抗議する。

「そんなことはないわよ。わたしの周りの男はみんな、しっかりしていて、泣き顔なんか人前で見せないわ」
　お紺は、しごく真面目な顔をして、そんなことを言う。

「そうか、そういうことか」
「本当に、あなた、って、お坊ちゃんなんだから…」

（そうか、そうかもしれない。俺は、甘ちゃんなんだ。だから、女にモテないんだ。まぁ、こんな風に、女がお酒の相手をしてくれるのは、すべて、こっちが出しているお金のせいなんだ…）

（お金がなかったら、結局、俺なんか、相手にされないだろう）
　祐介は、こうして女とふたりで居ながらも、ひどく自分が哀れに思われ、寂しい気持ちに襲われている。

「こんな男だけど、おれ、あんたのことが好きなんだよね」
「馬鹿馬鹿しい」

「だろうね…」
「……」

　女は、酒すら注いでくれない。
（俺は、妓楼の客ですらないのか！）

　祐介がため息をつく。
　すると、女の声がした。
「こんなわたしの、どこがいいのよ」

「人を好きになるのに、理屈なんか、要らないだろう」
　祐介は、ボーッとしている。しかし、そんなことを言っている自分に気がついてはいる。

「でも、何か、あるでしょう、ひとつや、ふたつは」
　そんな女の声はするが、祐介ときたら、女の顔は見ていない。

「まぁ、強いて言えば、かわいくて、美人で、色気がある、ということかな？」
「馬鹿馬鹿しい。みんな、おんなじじゃない」

「同じじゃないよ」
　祐介は、ちゃんと、女の顔を見た。
「かわいい、というのは、親しみが持てる、愛嬌がある、ということさ。美人というのは、そういう可愛げがあるというよりは、目鼻顔立ちが整っていて、澄ましている、って感じさ。そして、色気があるというのは、つんとお高く止まっている感じというより、男の好き心を刺激するような、色っぽい雰囲気がある、ってことさ」

「ふん、そんなもの、あんたの勝手な妄想よ」
　女がちょっと、顔を赤らめながら、怒っている。

「あんたが、みんな一緒だというから、俺は、ただ、それは違う、と言っているだけよ」
「……」

　祐介は、やぶれかぶれになっている。
　見合いの席をとんずらするなんて、男の風上にも置けない。そんな男が、女にモテるわけがない。

「さぁ、あんたは、いいよ。俺、少し、気持ちが落ち着いてきたし。あしたは、きちんと、あやまりに行くから」
「今夜、行かなくていいの」

「ああ、いいよ。もう遅いから」
「そうなの？」

「それで、今夜は、旅館に泊まる」
「どうして？」

「うちの大番頭は、うるさいから」
「でも、心配しているわね、大番頭さんは…」
「だろうね…」
　祐介は気が重くなった、大番頭の心配げで、困惑したような顔が思い浮かんで来た。
（たぶん、あいつは、まだ寝ないで、俺の帰りを待っているだろう…）


　俺が、尋常小学校に通っていた頃のことだ、と、祐介は昔のことを思い出している。

　帰る間際になって、急に雨が降ってきて…。
　すると、門のところに、立っていた、大番頭が。
　俺は、走り寄る。
　そうだ、蛇の目の傘をさして、ふたりして、帰ったものだ。
　あの頃から、本当に、おれのことを、かわいがってくれた、大番頭のやつは…。

　またしても、不思議が重なる。
　俺たちは、すでに妓楼を出ている、がしかし、女が、俺の後をついてくるのだ。
　俺は、振り返る。
「俺は、子どもじゃないんだから。ちゃんと、旅館ぐらい、ひとりで探せるさ。あんたはもう、帰っていいからさ」
「……」

「だからさ、申し訳ないんだよ。あんたに心配かけていてさ。だから、もう…」
「わたしのうち、こっちの方向なのよ」

「あれっ、そうなんだ」
「うちに、泊まらない？」

「馬鹿なこと、言うんじゃないの」
「どうして？」

「男はみんなオオカミよ。俺が黙って、おとなしく寝ると思うかね？」
「ふん、あんたなんか、怖くないもん！」
　祐介は、実際、びっくりしている。
　まんざら、強がりでもなさそうなのだ。
　仮りに、俺が、女の寝込みを襲うとしよう。でも、この女なら、飛び起きて来て、俺の股間のモノを、足で蹴り上げるだろう…。
「わかった。そういうことになっても、俺は、とてもじゃないが、あんたに手は出せそうにないよ」
「わかった？」
「ああ、わかったよ」

「あなたは、けっこう、物分りがいいわよ」
「ありがとう」

　祐介は、いつのまにか、女と手をにぎり、女に導かれるまま、女の住む家に向かっていた。

　祐介は、女が風呂を沸かしているのに気がついた。

　今から焚くのだろう。
　時間がかかるにちがいない。

「俺、お風呂は要らないよ」
「あなたは要らなくても、わたしには必要なの」

　祐介は、女に、布団を敷いてもらった。
　横になる。
　何やら、疲れがドッと来た。
　やはり、見合いの席をとんずらして、それなりに、わるかったという気持ちがずっと、心のしこりには、なっていたらしい。

　祐介は、徴兵検査を受けていた…。
　すべての検査が終わり、祐介は検査会場を後にしようとしていた。
　と、『ちょっと、待ちたまえ』と声がして、後ろを振り向く。検査官に呼び止められたらしい。
『君は、不合格だ！』
『なぜだ！。俺は、お国のために、こうして、ここへやって来たんだぞ』
　祐介は、怒り狂った…。

　と、目が覚めた。

　すると、襖が開けられた。
「どうしたの？」
　女が声をかけてきた。

「いや、何でもない。夢を見ていたようだ」
「そうなの。それならいいわ。あなたが、大きい声を出すんだもの。心配になって…」

「どうして？」
「だって、あなた、見合いの席に行かなかったんでしょ」

「ああ」
「だから、かなり精神的にまいっているのかしら、と思って」
「大丈夫だよ」
　そう言いながら、夢の中とはいえ、徴兵検査に落ちたことは、祐介にとって、ショックはショックだった…。

「ねぇ、少し、ここに居てくれないか？」
　祐介は、寝たまま、女に甘えていた。
　女がそばにやって来て、座る。
　いい匂いがする。
　それに今気がついたのだが、さっきまでは、島田崩しで髪を結っていたのに、その髪を解かしていて、その解かした長い髪は、肩から垂れて、その先端部は優に畳表の上に届いていた。
「すごくきれいで、長い髪なんだね」
　そう言いながら、祐介は女の手を取る。
　あたたかで、気持ちがよかった。

「ねぇ、俺、なかなか眠れそうにないんだ」
「……」
　そうかといって、祐介も、どうしたらいいのか、よく、わからない。

　むかしは、子守りのねえやがいて、寝かせつけてくれたものだ。
　母は、お店の仕事で忙しかった。だから、うちでは、ねえやを雇っていたのだった。

　祐介は、誰かに甘えたかったのだ。
　そして、見合いの席をすっぽかしたという苦しみを、何とか一瞬でも忘れたいのだ。

　がしかし、女の顔を見ていると、何かしら、この女を抱きたい、というような気持ちになってきた。
　しかし、それは無理というものだろう。

（が、ともかく、添い寝でもしてくれるといいのに…）
　もっとも、それでは反って、興奮して、眠れないかもしれないが。

　祐介は、そんな取りとめもないことを考えながら、黙ったまま、ただ、女の手を握り続けている。

「わたし、どうしたらいいのかしら？」
　女が聞く。
「できれば、出して欲しいのだけれど」
　と、祐介は即座に答える。

「出す？」
「ああ、そうすれば、俺は疲れて、ぐっすり眠れるだろう」

「どうするの？」
「ああ、手で揉んで出してくれればいい」

「やっかいなのね」
「すまない」

「そんなこと、やったことないし」
「あれ、そうなの？。だったら、俺が最初のところは、自分の手でやるから、見ていてよ」

「そんなの、いやだわよ」
「君の手を汚すわけじゃないから、いいだろう」

「あなたって、変態ね」
「そんなんじゃないよ。ただ、俺は、今夜はぐっすり寝て、明日はちゃんと、おわびに行こうと思っているだけだよ」

「それって、やはり、自分でやるより、他の人にやってもらう方が、気持ちがいいのかしら？」
「そりゃ、あたりまえでしょ」

「明日は、ちゃんと、あやまりに行きなさいよ、叔父さんのところへ」
「ああ、わかっているよ」
「じゃ、わたしが、やってあげるわ」

　俺は、仰向けのまま、着物の裾を広げる。
　そして、前紐にひっかけている、前ふんどしの布をはずし、ち〇ぽを剥き出しにする。
　女が、それに手を伸ばす。
　祐介は、目を瞑った。

　酒のせいだろう、なかなか、イカない。
　目を開けた。
　見ていると、女が、手をだるそうにしている。

「ねぇ、君の口を吸わせてくれないかな」
「どうして？」

「だって、そうすると、早く出そうなんだ」
「どうして？」

「精神的に興奮するから、きっと早目に射精することになるよ」
「本当かしら？」

「本当だよ、君のこと、大好きだもの。君のくちびるを吸っただけで、きっと射精するよ」
「……」

　祐介は、半身を起こし、女のからだを抱き寄せた。
　女の抵抗はない。
　からだをねじりつつ、女を布団の上に仰向けに寝かせつける。
　そして、かぶさるようにして、キスをする。
　いい匂いだ、いい味だ。

「むむむ、ムム」
　女が悶える。
　祐介は、くちびるをはずす。

「君が、最初に、僕の部屋に飛び込んだとき、びっくりしたものだよ」
「……」
「だって、君はいきなり僕にキスをするんだもの」
「……」
「もっとも、それは、とても甘くて、とってもおいしかった」
「……」
「今も、そうだよ」
「……」
「好きだからね、すぐ終わるからね」
「……」

　もう、がまんできない。
　女を組み敷くようにして、祐介は、女の口びるを激しく吸った。
　股間のモノは、ギンギンに硬くなっている。
　女の股を少し開けさせる。
　薄紅色の腰巻の布切れが左右に割れて、女の白い内腿があらわになる。

　祐介は、その太腿を観賞するゆとりもなく、大きく硬くなったチ〇ポを、垂れ下がったふんどしの布切れで包み込む。

　男は、急ぐようにして、女のまたぐらの間に、自分の下半身を入れ込み、腰を女の股にこすりつけていく。

「ああ、そんなこと、だめよ、だめよ」
「いいじゃないか。別に入れているわけじゃないし」

「でも、だめだめ」
「僕は、いいよ、いいよ。とっても気持ちいいよ、こうして君の内股に、くっつけていると…」
　祐介は、依然として、股間の硬くなったものを、女の股座に押しつけている。
　そして、腰を上下に振ったり、横に振ったりする。
　硬くなったチ〇ポが、女のやわらかい内腿の肉に包み込まれているようで気持ちがいいのだ。
　それに、時々は、グリグリッと、腰を回しながら、深く腰を相手の股の間に入れ込む。
　そういうことをすると、チ〇ポが強烈な刺激を受けて、頭の中での快感が強まるような気がする。
　それに、この自分の下に組み敷かれているのは、好きな女なのだ。
　やはり、好きな女と、こんなことをするのが一番いい。

「あああっ、フンフン」
「あああ、いいよ、いいよ、お紺ちゃん、いいよ。僕は、君のこと大好きだよ」
「そんな、ああ、そんな…」

「イク、イク、イクよ、イってもいいよね」
「いいわ、いいわ、来て、来て、キテっ！」
　祐介は、枕紙も何のその、ドクドクッと、ふんどしの中に、精をいっぱい、打ち放っていた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）