| ６ 嫉妬を感じる祐介 「おまえというやつは！。本当に情けないやつだな」 祐介は、叔父に叱られている。 「おまえの代で、終りだな」 叔父が言うと、それでも、そばから、 「まぁ、あなた、そこまでは」 と、叔母が助け船を出してくれる。 見合いの席をとんずら（欠席）してしまったのだ、何の連絡もせずに。 叔父・叔母の顔をつぶしてしまったのだ。 叔父は、怒り心頭に発している。 がしかし、叔母は、お茶を勧めてくれる。 祐介は、肉親のありがたさを噛み締めている。 今は、ひたすら、頭を下げるしかなかった。 時間が過ぎるのを待つ。 なぜか、お紺のことが思われる。 昨日の今日なのに、お紺に会いたい。 「もう、この家の敷居は二度と跨がせない」 叔父にきつく言い渡されてしまった。 それもこれも、自分が蒔いた種であった。 「ゆうちゃん、せめて、お店の仕事には、精を出しなさいよ」 それでも、叔母は、玄関まで、見送りに出てくれた。 「向こう様には、わたしたち夫婦で、あやまりに行くことにしているの」 「おばさん、本当に、迷惑をかけます」 祐介は、頭を下げて、わびを入れていた…。 祐介は電車に乗る。 祐介は目を瞑った。 心の中で、叔母に感謝する。 叔母が向こう様に菓子箱を差し出しながら丁寧に頭を下げている姿が思い浮かぶ。身が細るほどに申し訳ないと思う。 ガタン、と音がして、祐介は目を開ける。 電車の窓の外に青空が見える。 『世の中は、昨日と、ちっとも変わっていない』 と、つぶやきながら、祐介は、悲しい気持ちになる。 しかし、あれだけ、叔母に、仕事に精を出すように言われたのに、祐介の頭の中には、お紺の妖艶な顔が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた…。もう、店に帰るような気分ではなかった。 （今夜、どうしても、あいつに会いたい） 祐介は、気もそぞろになりはじめている。お天道様はまだ、空高くにあるというのに。 祐介は、食事を取り、そして、午後１時から開いているという、活動写真館に向かう。お紺がよく呼ばれて来る妓楼に上がるのは、いくら早くったって、夕方の５時以降からだ。それまで時間をつぶさなくてはならない。 活動写真屋を出て、近くのカフェでコーヒーを飲む。 店内をウロウロする。書棚があった。色々な雑誌が置いてある。 ある雑誌を手に取り、パラパラとめくる。 何も目に入らない。 実際、祐介は、政治だとか、経済にはほとんど興味がない。 で、また、別の雑誌を手にする。 短歌雑誌「アララギ」を見る。 そして、俳句雑誌「ホトトギス」を見る。 古い、詩歌雑誌の「明星」もあった。 ここのカフェの主人というのは、相当の教養人であるみたいだ。 文藝雑誌にも飽きた。 祐介は、懐中時計を取り出す。 幸い、すでに午後５時を回っていた。 祐介は、妓楼に上がっていた。 「しぃさん、ごめんなさいね」 女将が酒を注いでくれている。 「……（当てがはずれたな）」 祐介は無言で盃を干す。 「お紺ちゃん、あれで、外国の方にも人気があるのよ」 「……（あいつ、外国語がしゃべれるのか？）」 「今夜は、その方のお座席で。少し、長くなりそうだわ」 「どうして？」 「どうして、って。その外国のお方、お紺ちゃんを大層、気に入っておられるものだから」 「……（あいつには、色んななじみ客がいるんだな）」 「他の子ではいけないかしら？」 「しばらく、待ってみてはいけないかな？」 「あら、えらく、ご執心だこと…」 「いや、そういうわけではないが…」 そう言いながら、祐介は何故か、顔を赤くしている。 女将は、含み笑いの顔を、手で半分隠しながら、席を立っていく。 祐介は、一人になった。 手酌で飲む。 急に、酒が苦くなった。 そして、また、今回のことで迷惑をかけた叔母のことが思われる。後で、叔父との仲が悪くなりはしないだろうかと心配になる。 が、一方では居直る気持ちもある。 （反って、あれで、見合いの彼女にとってはよかったかもしれない…。顔を見合って、一緒にどこかで食事をして、それから断りでもすれば、よけいに、彼女の心を傷つけるかもしれないではないか…） と、祐介は、勝手な理屈を考え、自己弁護をしようとしていたのだった…。 祐介は、待ちくたびれて、迷っている。 （このまま帰るか、それとも他の芸妓を呼んでもらうか） と、襖が開く。 女将だった。 手には、新しい銚子を載せたお盆を持っていた。 「お紺ちゃんの部屋に行って来たわよ」 「えっ？！」 祐介は、それでも一安心している。 （あいつ、俺が来ていることがわかっている。俺の気持ちを、やつは、わかってくれるだろう…） 「でも、何か、その外国の方と、盛り上がっていて。少し、時間がかかりそうだわよ」 「……（ふん、あいつは、気の多い女だからな）」 祐介は、お紺が別のお客と盛り上がっていると聞いて、とてもじゃないが、このまま家に帰れそうになかった。 「ところで、女将。誰か他にいい女でもいるの？」 「そうね…」 「いなかったら、俺、帰るよ」 「ちょっと、待って。確か、置き屋から連絡があったわ。良江ちゃんが、また、戻って来た、って」 「良江か…」 「置き屋に連絡してみましょうか？」 「ああ…」 祐介は、思わず、女将に賛同の返事を、してしまっている。 （良江のやつは、質屋の旦那に身請けされたのだ。それがどうして？） 祐介にすれば、良江の身の上が、ちょっと心配になったのだ…。 祐介は、また時間をつぶしている。 お紺のことが想われる。 が、腸が煮え返るようだ。 （なんでまた、外国人のいる座敷になんかに…） すると、襖が開いた。 「あらっ、しぃさん」 なつかしい顔があった。 「おお、良江。元気にしていたか？」 祐介は、そばにぴったりと寄り添うように座ってきた良江がかわいくなって、鼻の下を長くしながら、酌をしてやる。 祐介は、黙って、女を見つめている。 女も、見返している。 プーンといい匂いがする。 化粧の匂いというより、若い女の匂いのような気がする。 「わたし、別れちゃった」 「えっ！」 祐介には驚きだ。 質屋の主人のところに身請けされて、まだ１０日も経っていないはずだ。 「だって、あのおやじさん、年を１０も、サバを読んでいたのよ」 「そうか。でも、その質屋の主人というのは、お金持ちなんだろう？」 「それはそうだけど…」 「少々のことは、がまんしなくっちゃ」 「でも、あのおっさんには、前妻との間に、子どもがいたのよ」 「それくらい、がまんしなくては、な」 「でも、どうしても好きになれなくて」 「……」 祐介には、よくわからない。 多少は好きだから、後妻に入ったのだろう。 それに、こうして妓楼にいた時分に、その質屋の主人と体の付き合いもあったはずだ。それなのに、こういう結末になるとは…。 ひょっとしたら、良江のわがままではないのか…。 がしかし、祐介にすれば、この良江と所帯を持つつもりもない。あまりに年が離れすぎている。それに良江は、いかにもあっさりとした性分で、とてもじゃないが、呉服屋で、お客相手に、粘っこく商売をやっていけそうには思えないのだ。 が、こうして一晩限りの遊び相手としてはいい。あっさりとした性分で、後に引かない。顔もまあまあだし、肌艶も良くて、色っぽい。アレが好きだから、ちょっといたずらをしても、体をくねらせて反応を示す。それも本当にきらっている風には見えなく、さらに誘いをかけるような、媚を含んだ顔をして、あっちから手を伸ばして来る。 「それに、わたし、一日中、暗い部屋にいるのって、退屈してしまうし…」 「そんなぜいたくな…」 「好きな人と一緒ならいいけど…」 「……」 祐介は考え込んでしまう。 （見合いして、いくら相手の家との、家柄の釣り合いがいいからといって、やはり、相手の女が気に入らなければ、夜の床がいやになるだろうな。好きだからこそ、裸にして抱けるのであって…） 祐介はじっと女の目を見つめる。 女の目が濡れているように思える。 よほど、いやなことがあったのだろう。 （こいつばかりを責められない…） 祐介は、むろん、お紺のことが気になっていた。 しかし、お紺がやって来ない以上、今夜は、この良江を相手にしてもいいかな、と思いはじめている。 お紺も、アレが好きにちがいない。 外国人の愛撫はしつこいという。 ひょっとして、お紺のやつ、外国人にアソコを舐められて、本気でイッテしまうかもしれない…。 祐介は、苛立ってきた。 その苛立ちを、目の前の女にぶつけていた。 「かといって、質屋の主人には、かわいがってもらったんだろ？」 「そんなこと、言わないで。わたし、とても嫌だったんだから」 「じゃ、どうして？」 「お金が欲しかったから」 「どうして？」 「わたしの父親が、病気をしてしまって。まとまったお金が欲しかったの」 「そうか…」 「……」 女が涙をこぼしていた。 祐介は、良江が、かわいそうになってきた。 良江の父親は、漁師だった。が、博打に嵌まり、自分の船を手放さざるを得なくなったらしい。たぶん、父親には、治療費をまかなうような貯蓄はなかったのだろう。良江はそれなりに親孝行な娘かもしれない…。 祐介は、いつか泣き崩れる良江を、わが胸に抱きかかえていた。 （つづく） |
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| 2011.5.22掲載 |
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