| ４ 今度はうちの会社の女に 僕はヘビースモーカーの方だ。 上司が席を空けると、僕はすぐに、ビルの最上階にある喫煙室に上がる。 がしかし、近頃、僕はその喫煙室に行かなくなっていた。 そこで、同じビルのＯＬの子に会えば大変なことになる。 その女の子には、ラブホでフェラをされ、イッてしまったのだから。 確かに、僕はバツイチだが独身にはちがいない。 で、その女の子に、『わたしと付き合わない？』と言われるのだ。 その『付き合う』という意味が、飲み友達とかセフレ（セックスフレンド）なら別に問題はないのだが。 彼女にすれば、結婚を前提に付き合わないか、ということなのだ。 僕は、その彼女の攻勢に対して、完全に引いていた。 なぜなら、彼女は、この地方都市に生まれ育っていた。しかも一人っ子。会社には自宅から通っていた。むろん、両親は健在だった。このまま彼女と関わりを続ければ、この土地に縛りつけられそうな気がした。 僕はこの地方都市に永住したくなかった。本社に帰りたかった。例え出世しなくても、本社の企画部門に帰り、やり甲斐のある仕事をしてみたかった。 煙草は吸いたい、彼女には会いたくない そんなジレンマに陥り、僕は何とかしなくてはと思いはじめていた…。 僕は、会社が指定したマンションに暮らしている。 ある夜のことだ。 なぜか眠れない。 煙草が吸いたくなって起き出した。 そして、ますます眠れなくなった。 時刻を見る。 ２３時だった。 うちの近くのコンビニは２４時まではやっている。 本でも読んで寝るかと思った。 自転車でマンションを出る。 コンビニに着く。 外から店の中を見ると、お客が２，３人いる。 （あっ！？） なんと、店のお客のうち、一人は、うちの会社のＯＬの島内紀子（のりこ）さんだった。こちらに背中を向けているが、彼女にまちがいなかった。 島内さんは、３９歳で、僕より３つ年下だった。 めがねを掛けているが、なかなかインテリっぽい顔立ちをしている。めがねをはずせばけっこう美人ではないかと僕は思っている。 ともかく、彼女は会計事務ができ、法律関係にも詳しく、僕は、時々、彼女に仕事を教えてもらったり、手伝ってもらうことがあった。 その法律にも強い堅物の彼女が、この深夜、何をしているというのだ。僕は自転車を降りて突っ立ったまま、外側から窓ガラス越しに、明るい店内を見続けている。 彼女は、店内よりは暗い外側から内側を覗いている僕の方に背中を向けているが、彼女の一挙手一投足は、僕にはよく見えるのだ。 彼女はエロ本が並べてあるコーナーで、どうやらある本を手に取り、その裏表紙に書いてある、あらすじを熱心に見ているようなのだ。 僕も、実は、よくそのコーナーで立ち読みしている。 （あれっ、あのお堅い彼女だって、あんなエッチな小説を読むんだ…） と、彼女がその本を手にしたまま、レジに向かって行った。その本の表紙がちらりと見える。 『フ〇ンス書院』という会社が出している官能小説本に間違いなかった。 僕は急いで物陰に隠れた。つまり玄関から出て来る彼女に見つかったり、バッタリと出会わないように。 彼女が店内から出て来た。そして、赤い軽自動車に乗り込んで、さっと、コンビニの駐車場から広い道路に出て、走り去ってしまった。 僕は、ボーッと突っ立っていた。 彼女の、別の一面を見てしまったようだ…。 彼女は昼間、真面目に仕事をしていた。 僕が、からかうようなことはできなかった。 もし、『このあいだ、島村さん、コンビニで、エロ本、買っていましたよね』なんて言ったら、きっと、彼女の心は傷つくだろう。 夜間、島村さんの姿を見かけて、随分と日が経った。 そして、ある日、同じビルの女の子で、このあいだ、ラブホに行った女の子から総務課の固定電話器に電話がかかって来たのだ。 最初、島村さんが出た。 島村さんは、その電話を掛けて来た主と話をしている。 僕は、相手は島村さんの知り合いなのだと思い、仕事に集中した。 ところが、島村さんが、僕に受話器を渡すのだ。 そして、電話に出ろ、というような仕草をする。 僕が、電話に出ると、その相手は、あの女の子だった。 彼女は食事に行こうと言った。 しかし、それで終わるわけがないじゃない。 僕は、あやまった。 そして、そばに、島村さんが聞き耳を立てているというのに。 がしかし、幸運なことに、たまたま、上司は席に居なかった。 近くにいるのは、島村さんのみだった。 僕は、何かがひらめき、はっきりとした口調で、電話の先の彼女に告げた、 「ごめん、今日は、デートなんだ」 と。 僕はそう言った後、すぐに電話を切った。 切った後、右腋の下からは、冷や汗が流れ出た。 島村さんは、彼女のことを知っている。 そして、たぶん、さっきの電話で、彼女が何を僕に話したのかも察しているだろう。 もはや、島村さんに助けを求めるしかない。 ともかく、多少は島村さんの弱みを僕はにぎっているのだ。 だから、『島村さん、このあいだ、〇〇町の角っこのコンビニで、何か買いませんでしたか？』などと、それとなくエロ本を買ったことを匂わせながら僕が食事に誘えば、島村さんは付いて来るかもしれない…。 僕は、椅子に座ったまま、少し背を伸ばして深呼吸をした。 島村さんにデイトの誘いを断られるよりも、ずっとあの女の子に脅される方がやっかいだ、と僕は思った。この際、勇気を奮うしかない。 僕は、左隣りに座っている島村さんの方を向いた。 「島村さん、助けてください。実は、僕、困ったことがありまして。あなたに相談に乗っていただきたいことがあるのです。今日、仕事のあと、食事に付き合っていただけませんでしょうか？」 島村さんは、片手でメガネを上げていたが、 「ええ、いいわよ」 と答えられた。 「ありがとうございます。恩に着ます」 僕は思わず、椅子から立ち上がり深々とおじぎした。 日頃、島村さんには仕事上でお世話になっている。 確かに僕は大学の経済学部を卒業はしていたが。 簿記なんて、「〇商」の３級の資格しかないし、本社で実務をやったことがないのだから、日常的な会計事務では、島村さんに教えてもらうことが多いのだ。 それに、今回は、同じビルにいる、美夏というＯＬと、きれいに手を切るため、島村さんに協力をしてもらわねばならない。 島村さんの口から、美夏さんに、『ごめんなさいね。わたし、村越さんと付き合っているの』と言ってもらいたいのだ。そうすれば、きっと美夏のやつ、俺のことをあきらめてくれるだろう。美夏とは婚約したわけでもないし、妊娠させたわけでもないんだから。 そんなことで、大事な相談に乗ってもらうのだ、少々の出費は覚悟すべきだ。 それで、本通りにある、フランス料理店に、午後６時で、フルコースを予約しておいたのだった。 アミューズグール。 食前酒と、カナッペをいただく。 前菜、それからスープ。 スープは、カリフラワーとクレソンのポタージュだった。 メインの肉料理は、ブルゴーニュ風の牛肉の赤ワインだった。 僕は、何かをしゃべらなくては、と思っていたので、口をなめらかにしようと、かなり早いペースで赤ワインを飲んでいく。 「島村さん、〇〇損保会社の美夏というＯＬの子、知っておられますよね」 島村さんは頷かれた。 で、僕は、それに勇気を得て、先に進める。 「実は、僕、あの子と、食事に行きましてね。で、それで終りにすればよかったのに、カラオケ・ルームにも行ったんですよ」 「……」 「それで、その、歌を歌うだけにしておけばよかったのに、つい、ダンスまでしちゃって。セクハラです、完全な。僕は、どうしたら、いいでしょうか？」 「あら、わたし、美夏さんからは、そんな風には聞いていませんけど…」 僕はあわてた。 いや、冷や汗を掻いていた。 確かに、僕の言い方はまちがっている。 ラブホに連れて行き、極めてエッチなことをしたのだから…。 僕は、いたたまれない気持ちになった。 しかし、なぜか、次の魚料理までは、食べて帰りたかった。肉料理がおいしかったのだ。次の魚料理だっておいしいだろう。ともかく、次は魚料理と白ワインだ、と思っていた。 だから、勇気を振り絞って、尋ねる。 「それで、美夏さんは、あなたに、何と言っていたんですか？」 「美夏さんは、言っていたわ、『村越さんに好かれてしまって。わたし、どうしようかな…』って」 「えっ！」 僕は、驚く。 美夏とふたりでラブホに行った。そして、お互いに性器をしゃぶり合ったという記憶はある。が、その時、僕は、美夏に、『美夏、愛しているよ』とでも言ったのだろうか？。ともかく、美夏におフェラをされ、美夏の口の中で射精させてもらったわけで、すごく気持ちが良かったから、その瞬間、何か、心にも無いことを言ったのかもしれない。射精した後のことはほとんど覚えていない。久しぶりの射精で、一杯に溜まったものを放出し、その開放感と疲労感で、その後、急激に睡魔に襲われたのだから。 「でも、村越さん、あの子をまともに相手にしちゃ、だめよ」 「えっ！」 僕は二度びっくりした。 島村さんは、いつのまにか、メガネをはずしていた。 けっこう美人だ。 でも、メガネなんかはずして、僕の顔が見えるのだろうか？。 「あの子ね、彼氏と別れて、けっこう、色んな男の人と付き合っているみたいだから」 僕は、信じられない、という風に、しげしげと島村さんの顔を眺めていた。 「じゃ、今日、電話で、わざわざ、僕が美夏さんに、『デートがあるからダメだよ』なんて言わなくてもよかったんですね」 「まぁ、そういうことね」 「良かった」 「それ、どういうことなの？」 「そのつまり、あの子が色んな人と付き合っているなら、別に僕が冷たくしなくたって、彼女は傷つかないな、と思って」 「村越さん、って、けっこう、優しいんだ」 「いや、それほどでも」 次の、白身魚の香り焼きは、なぜかとてもおいしかった。 ポワローソースがいい。ソースの中には枝豆と空豆が入っていた。 「いさき」という白身魚の衣には、ローズマリーがまぶしてあるらしい。 らしい、というのも、美夏にちゃんと付き合っている彼氏がいて、ともかく、僕はほっとしたらしく、五感が急に働くようになった気がするのだ。 僕は、けっこう食事を楽しんでいた。 それで、デザートのタルトを平べったいスプーンで食べながら、僕は軽い気持ちで言い放っていた、 「島村さん、もし時間があったら、カラオケ・ルームに行きませんか？」 と。 ところが、不思議なことに、 「ええ、行きましょう。あなたの歌が聞いてみたいわ」 と島村さんが、にっこりと笑ってくれたのだ。 僕は、その笑顔を見て、股間のモノが、ムクムクッと大きくなっていくのを感じた。 （つづく） |
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| 2011.10.29掲載 |
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