| ５ 島村さんのマンションに カラオケボックスで、僕はひとりで歌っていた。 よくわからないが、島村さんは一曲も歌わないのだ。 カラオケに来て、一曲も歌わないとは…。 他人の歌を聞くだけで、楽しいのだろうか？。 それでも、僕は島村さんが楽しそうに聞いていてくれたので、うれしかった。 サービス精神というやつだろう。いつも島村さんは、職場で僕がわからないことを教えてくれる。いわば、今日は、多少とも、恩返しのつもりだった。 しかし、島村さんは、見ると、しきりに缶チューハイを飲んでいた。 ずいぶんとアルコールには強いらしい。 こんなに強いなんて、知らなかった。 新しい発見だった。 僕は、ともかく、おかげで、随分と歌わせてもらった。 しかし、二十歳の青年ではない。ずっと歌っていると、咽喉が嗄れてきた。 「そろそろ、帰りませんか？」 と僕は言ってみた。 島村さんは、頷かれた。 僕は、ホッとした。 カラオケボックスを出た。 いい空気が吸えて、僕は、背伸びをしていた。 すると、島村さんの声が僕の耳に届いた。 「わたしのところに寄って行きません？」 何のことだろう、と僕は不審に思った。 僕は考えていた。 わたしのところ、って、どこなんだろう。まさか、島村さんのマンションの部屋ということ？。 おそらく、コーヒーでもごちそうしてくださるということなのだろうか。 ドリップ式のコーヒーメーカーなのか、それともエスプレッソなのか。 それにしても、手間をかけることになる。 僕は、思考を中断させて、早口でしゃべった。 「ご迷惑になるでしょ？」 「いいえ」 島村さんに、まっすぐ見つめられて、僕は、おどおどした。 「でも、その、僕って、紳士じゃないですから」 「あら、そぉ、じゃ、仕方ないわね」 島村さんは、怒っているように僕には思えた。 怒らせたくなかった。 「いや、冗談ですよ。僕は、紳士ですよ。真面目ですよ。いたずらなんかしませんよ。だから、その、コーヒーのお誘い、受けます、受けます」 僕のあわて方がおかしかったのか、島村さんは、笑っておられる。 島村さんが先を歩く。 で、僕はその後にくっついて歩く。 タクシーを拾われる。 僕は、島村さんの後に続いて、タクシーに乗った。 なぜか、ひどく緊張した。 部屋に通された。 と、僕は本棚に目が行く。 何と、ずらりと、〇ランス書院発行の文庫本が並んでいる。〇ランス書院と言えば、エロというか官能小説を出しているところで有名な出版社なのだ。ひょっとして、この前、島村さんが、コンビニで買っていた官能小説本も、これらの本の間にあるのかもしれない…。 僕は、緊張しつつ、エスプレッソのコーヒーに砂糖を入れ、掻き混ぜた。 「村越さんは、ＤＶＤは見るの？」 と島村さん。 「あまり」 と僕は答える。 「映画は好きでないんですか？」 「いえ、好きですよ。でも、テレビでの方がいいです。金曜劇場とか、日曜劇場とか、そういうので、よく映画をやっているじゃないですか」 「ああ、そういうのを見るのね」 「はい」 「どういうのが、好きなの」 「いや、まぁ、アクションものですか、ね」 「エッチなものは？」 「えっ！？」 僕は、驚いた、あまりにも唐突な質問なので。 が、答えなくてはいけないと思い、答えた。 「あのその、映画ではなく、その方面は週刊誌なんです、僕は」 「ああ、そうなの」 僕は、冷や汗を掻いている。 「あら、そうだわ、思い出したわ」 「えっ、何を」 冷や汗が引くが、何故か緊張する。 「あなたが、コンビニストアで、Ｄカップの女の子が表紙に写っている、エッチ系の週刊誌を買っているところを見たの、わたし」 「えっ！？」 なぜだ、今度は、額に汗がにじむ。顔が赤くなる。 「すみません」 僕は、頭を下げた。顔がなかなか上げられない、頬の赤味がなかなか引かないからだ。 「しようがないわよね、お互い、恋人がいないんだもの」 頭上から、そんな、島村さんの、拗（す）ねたような声がした。 そして、 「今夜はせめて、二人でＤＶＤを見ましょうね」 という、島村さんの声がした。 ようやく、僕が顔を上げると、もう島村さんは、薄型テレビの下の「ブ〇ー〇イ」にＤＶＤをセットをされていた それは、アダルトビデオだった。 こんなものといってはなんだが、こういうものを借りて来ておられたのだ、島村さんは。借りられる時、恥ずかしくないのだろうか？。 僕は、何とも居心地がわるかった。 幸い、島村さんは、僕わり前の場所で、肩肘をついて、絨毯の上に横になっておられ、僕の顔を見ることはできない位置におられた。 もっとも、テレビの画面を前にして、そういう前後の関係で並んでいるので、島村さんの顔も、僕には見ることができなかった。 僕は、こういうものを見ると興奮するので、わざと、画面の方は見ずに、本棚の辺りに目を這わせていた。 本棚には、官能小説のほかに、純文学らしき本もあった。そして、前で寝ころがっている島村さんからは、こちらが見えない、ということをいいことにして、あちこち、部屋の中を見渡していた。 窓にはピンクのカーテン。 それに、京人形が置いてあったり、花の絵があったりして、やはり、女の人の部屋なんだな、と僕には思われた。 と、女の人の声が耳に入る。 「あっ、あああ、ああ…」 何だ、と思って、正面を向くと、テレビに女の人の顔が大写しになっていた。 そして画面では、やがて、女の人の股間に、男の人が顔を寄せ、男の人が頭を前後させていた。要するにクンニしているのだ。 僕は、照れ隠しに、つぶやいていた。 「アレって、やはり、女の人は、気持ちが、いいんですかね？」 と、肩肘を立てながら寝て、こっちに背を向けている島村さんが、そのままの姿勢で、 「あたりまえでしょ」 と言われた。 それが、ちょっと怒ったような調子に聞こえたので、僕は、何だか、申し訳ないように思えて、「すみません」とあやまった。 島村さんからの返事はない。 で、よせばいいのに、僕は、カマトトぶって、 「そういうの、前の女房には、やらせてもらったことがないので…」 と、よけいなことまでしゃべりながら、言い訳をしていた。 と、島村さん、肩肘をついていた頭を持ち上げ、くるりと寝返りを打つようにして、僕の方を振り向かれた。 「だったら、ちょっと、やってみて？」 僕は、びっくりした。 島村さんは、冗談がきついや、と思った。 が、島村さんの目を見ると、島村さんの目が濡れているのだ。それに、ひどく真剣なまなざしでもあり、とても冗談を言っている風には、見えなかった。 僕は、緊張して、急に口が渇き、上半身が固まったように感じられた。 島村さんは、座ったまま、リモコンでテレビ画面を止められ、スイッチを切られた。そして、立ち上がり、部屋の灯りを落とされた。一瞬、暗闇のようになったが、少し慣れてくると、島村さんが、敷布団を敷いておられるのがわかった。そして、ブラウスとか、スカートを脱いでおられるのだった。 僕は、悟った。 いつも、仕事でお世話になっているのだ。 この際、奉仕をしなくては、と思った。 それで、背広の上着を脱ぎ、ネクタイをはずした。 スボンを脱ぎ捨て、ソックスも脱いで、布団の上に仰向けで寝ておられる、キュミソール姿の島村さんに、抱きついて行った。 僕は、もう何も言わなかった。 島村さんを抱き締め、そして、キッスをした。 島村さんはそれを受け止めてくれた。口を押し開く。そして、相手の舌を吸う。相手はむしろ、それを嫌がらず、舌を突き出すようにしてくれた。その舌をグイグイ吸い込む。そして、解き放つ。舌を絡め合う。すると、島村さんが、「素敵よ」と言ってくれた。僕の股間のモノは、もうビンビンに大きくなっていた。 僕は、くちびるをはずし、剥き出しになった肩を撫でた。 すべすべしていた。 「やさしく、してね」 島村さんがそう言われた。 僕は、感動した。 だって、昼間の会社にいる時の島村さんは、けっこう、きついところもあるからだ。 「ええ、そうします」 僕は、答えた。 早く、早くとあせる気持ちはあるが、落ち着いて、島村さんを気持ちよくさせてあげることを最優先させようと思った。それに、幸い、フランス料理のお店で、ワインを飲んでいて、そのアルコールのせいで、多少、心に余裕を持つことができた。（つづく） |
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| 2011.11.19掲載 |
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