26．美里ー２

「はぁ〜ぃ！ただ今〜」
　美里は少し火照った頬のまま小走りに玄関に向かい、大きな声で応答しながらドアを開けた。

　ガチャッ！
「こんにちは・・・」
「あら、祐輔君！どうしたの？」
　美里は意外な来客に首を傾げた。
「先生に見ていただきたいものがあって・・・」
　祐輔は巻物のようなものを手に差し出して見せた。
「そぅ・・・月曜日に学校で、じゃいけないの？」
　火照った頬は次第に冷めていたが、祐輔の訪問は正直言って、あまり嬉しくはなかった。
「えぇ、休みの間に完成させようと・・・」
「そぉ〜じゃぁ、仕方がないわね・・・」
　生徒の訪問を受けるのは初めてだった。
（学校以外で生徒の面倒をみるのは・・・しかも・・・）
　美里には迷惑な来客だった。
（こんなにフラストレーションが募っている時に・・・）
　だが、無下に帰すわけにもいかず、部屋の中に迎え入れた。

　美里のマンションはふたり暮らしには広い３ＬＤＫで、子供の部屋も想定していた。
　美里はリビングのソファに祐輔を座らせた。
「それを見せるために来たの？」
　早速、美里は祐輔の持つ巻物を指差した。
「えぇ、実は・・・部活の成果として考えているんですが・・・」
　そう言いながら、目の前のテーブルに巻物を置いた。
「じゃあ、見せてもらうわ」
　美里は巻物風の紙を広げていった。
「コレって・・・ふぅ〜ん・・・・・・」
「どうですか？」
「えっ、えぇ、面白いゎ・・・昔の絵巻物のようで・・・この絵と短歌は祐輔君の作品？」
「はぃ、拙いですが・・・」
「チョッと待って・・・これは・・・」
　美里は真顔で短歌と絵を吟味し始めた。

　黒髪の
　　　夢は水藻に
　　　　　ぐせれども
　かにかくのひとの
　　　あはれくちとし

「コレって・・・少しエロティックじゃない？」
　美里は祐輔をチラリと見遣って言った。
　最初は面倒で雑に見ていた美里だったが、その内容に驚き真剣になった。
「そうですか？僕はそうは・・・」
　祐輔は平然と答えた。
「それに・・・この絵は・・・」
　フリーハンドで竹ペンと墨を使って描いた絵は、男女のセックスシーンを描いていた。
「チョッと見には分からないけど・・・これは春画よね？」
　美里は少し怪訝な表情で祐輔を見た。
（この子は何を考えてるのかしら？高校生でこんな物・・・誰が評価するって言うの！）
　絵巻はかなりの長さで構成されていた。
　春画は本屋で探し、参考にしながら墨を使って描き、短歌はセックスへの憧れから悦び、せつなさ、切望を詠み、美里は上手い下手と言うことより、この構成の完成度に驚いていた。
（祐輔君って・・・この子は・・・これだけの経験が・・・まさか？）
　この時、祐輔は美里の胸に視線を遣っていた。
（ノーブラ・・・だ！やはり教室にいる時とは違うんだな・・・）
　薄いサマーセーターは、美里の乳房を浮かび上がらせていた。
（美人で才女、プロポーション抜群の女性は、この絵巻にどう反応するのかな・・・？）
　祐輔は美里の身体より今は注意深く美里の様子を覗った。

　しばらく絵巻を見ていた美里に祐輔が問い掛けた。
「先生、どうでしょう？」
　美里は少し困惑の色を浮かべていた。
「ふぅ〜ん・・・やっぱり発表できないわね！とても高校生の作品じゃないわ・・・」
「僕は高校生ですよ」
「そうだけど・・・」
「セックスは人間の快楽の原点・・・原始的だけど基本的な人間の素直な姿であり、男女がお互いに快感を与え合う、実に素晴らしい行為・・・身体だけでなく心も豊かにする・・・・・・・・・」
　祐輔はセックスに対する自論を美里に説いていた。
　祐輔はそれによってきっかけを作ろうと思っていたのだが、美里には真剣に考えさせられるものだった。
（子供を作るためだけのセックス・・・そうよね！セックスって、それだけじゃないわ！あんなに感じあっていたのに・・・いつの間にか・・・）
「確かにセックスは子孫繁栄の為にも行ないますが・・・長い人生の中でのセックスの果たす役割は、快感を与え合う行為と子孫繁栄行為と、どちらの比重の方が・・・・・・」
（そぅ、その通り・・・わたしの内奥を読んでるみたい・・・）
　祐輔には美里夫婦の事情など知る由も無かったが、今の美里には的を射ていた。

　美里は再び絵巻物に視線を遣りながらハッとした。
（わたし・・・興奮してる！？それに・・・ヤバイ！下着を着けて無かったんだわ・・・）
　美里は淫唇からヌルッとした淫らな液が滴るのを感じた。
　それに気づいたことで、尚更、美里は意識過剰になり、祐輔の視線が必要以上に気になった。
（こんな表現ができるということは・・・ましてや、祐輔君のセックス論は、同調できるし・・・）
　美里は祐輔の身体に視線を投げた。
（もう充分に大人のオトコだわ・・・身長が高いだけじゃなく、骨格もガッシリしてる・・・それに、多分、経験も・・・）
　自然と美里の視線は祐輔の股間に向けられていた・・・。
（わたしったら何を・・・）

　教師にあるまじき妄想を自己否定するが、抑圧された淫欲に小さな火が点いたことは確かだった。